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前回は、文章「流れ」が大切と説明した。文章と文章が意味的につながりながら、すっすっと前に進んでいると、人は読みやすいと感じてくれるのだ。

流れを切ってしまう恐れがあるので、接続詞は、できるだけ使わないこと。話の流れが変わるときや、並列でいくつかの例を挙げるときだけにする習慣をつけること、と説明した。

接続詞について少し補足。

同じ接続詞を何度も使うと、文章は一気に単調になってしまう。悪い言葉でいえば、「頭が悪そうな」文章になってしまうのだ。

 

例文1)

今日の私の仕事の出来栄えは、まずまずだった。そして明日のアポイントもとれたので、明日も大丈夫だろう。そして今月の売り上げ見通しも立った。だから今回のボーナスは期待していいと思う。だから今日は、ちょっと良い食事をして帰ろう。

 

こんな文章を書く人は多くない、と思うかもしれないが、意外に目にする。

あまり文章を書いていない人ほど、接続詞で息継ぎをしたいと思ってしまうようだ。上の例文の接続詞はすべて不要。

 

さらに補足。

並列の接続詞は、特に「繰り返し」をしないこと。ごちゃごちゃして読む気がしなくなってしまう。

 

例文2)

私の部下には、プログラミングのプロがいる。また、ネットワークエンジニアもいる。また、システムに強い人もいる。また、クレーム処理の専門家もいる。

 

並列の接続詞には、順番がある。

「また」「そして」「さらに」だ。

 

例文3)

私の部下には、プログラミングのプロがいる。また、ネットワークエンジニアもいる。そして、システムに強い人もいる。さらに、クレーム処理の専門家もいる。

 

こうすると、横に広がっていくようなイメージが浮かぶ。では、4つ以上はどうすればいいのか?並列のイメージが頭にできてしまえば、接続詞は不要になる

 

例文4)

私の部下には、プログラミングのプロがいる。また、ネットワークエンジニアもいる。そして、システムに強い人もいる。さらに、クレーム処理の専門家もいる。マーケティングのプロもいる。営業としてキャリアを積んだ人もいる。

 

こうした言葉の使い方は書き手によって、少しずつ異なる。それが個性、文体となるのだが、プロの書き手は「何となく」言葉を使うことはない。

そこに法則性を作っている。知っていて使うのと、無意識に使うのでは大きく異なってくる。



さて、水みたいな文章書くために、さらに心がけたいこと。それは「刈り込み」だ。なくても通用する言葉、文章をどんどん削っていくことだ。また文章を短くすることでもある。

 

前回使った例文。

 

例文6)

わが社の業績は順調である。今年は景気が悪かった業界も少しずつ良くなっている。わが社の業績も改善された。もっとも利益率はそれほど高くない。しかし、商品開発が順調に進んでいる。新商品が出れば利益率は改善されるだろう。今後ともさらに頑張っていきたい。

 

この中で、なくても通用する言葉はどれか?短くできる文章は?もちろん人によって見方は異なるだろうが、赤で示した部分はカット、短縮できると思う。

 

わが社の業績は順調である。今年は景気が悪かった業界も少しずつ良くなっている。わが社の業績も改善された。もっとも利益率はそれほど高くない。しかし、商品開発が順調に進んでいる。新商品が出れば利益率は改善されるだろう。今後ともさらに頑張っていきたい。

 

刈り込んでみた。

 

例文7

わが社の業績は順調である。業界の景気も少しずつ良くなっている。業績も改善された。もっとも利益率はそれほど高くない。新商品が出れば利益率は改善されるだろう。さらに頑張っていきたい。

 

「今年は景気が悪かった」と書かなくても「少しずつ良くなっている」で、「景気が悪かったのだな」と人は感じてくれる。

わが社という言葉も一度使えばあとは不要だ。

「新商品が出れば」と書くことで、「商品開発中」であることは、察することができる。

「今後とも」は、なくても差し支えない。

 

人は、文章と文章の間にある状況を察することができる。こういう感覚で文章をどんどん刈り込めば、純度は上がっていく。

文章量が減れば、さらに読みやすくなる。感覚的に言って「少し舌足らず」くらいの方が、人は読んでくれるように思う。

 

書きあげた文章を読み返せば、「これは不要」と思える言葉や文章が必ず見つかるものだ。これを削っていくことで、文章は良くなる。

 

フランスの文豪バルザックは、書簡に「すまない、今日は時間がないので長い文章になってしまった」と書いている。レベルの高い文章は書き上げる時間よりも、刈り込む時間の方が長くなることもある。

 

私たちは小学生のころから「400字詰め原稿用紙を3枚埋めなさい」みたいな、作文をたくさん書かされてきた。だから、長い文章を書くことができる方が良いと思ってしまいがちだ。

 

けれど、ビジネス、一般社会のコミュニケーションでは「同じ内容ならば短い方が良い」。

原稿用紙に文章を書いていた時代は、刈り込むたびに清書しなおさなければならず、大変だった。でも、今はパソコンで書いている。

刈り込みは比較にならないほど簡単だ。ぜひ、文章を刈り込む習慣をつけていただきたい。

 

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