kayobi-honnohi
井上鋭夫『本願寺』

すいません、またまた古臭い本です。この本は、浄土真宗の歴史を書いた名著。著者の井上鋭夫(1923-1974)は、浄土真宗と一向一揆研究の権威だ。
 

『本願寺』は、1962年、ちょうど半世紀前に書かれた本だ。浄土真宗という宗派は、鎌倉時代に親鸞が開いた仏教宗派だ。


この宗派がきわめて特異なのは、宗祖親鸞が仏教者でありながら自らを「半僧半俗」と称し、妻をめとり、子を成したことだ。これによって浄土真宗各派の門主は代々世襲されることとなった。また、浄土真宗系のお寺は、妻帯した僧侶が守ることとなった。


浄土真宗を除く日本の仏教僧は江戸時代までは、妻帯しない建前だったが、明治維新後は妻帯が可能となった。これも浄土真宗の存在があったからだろう。

これは、世界の仏教の流れから見てもきわめて特異だ。日本の僧侶は、世界の仏教者と交流すると、必ず妻帯していることを言い咎められるという。海外では、仏教の聖職者が僧籍にあるまま結婚することは今でも考えられないのだ。


この本では、親鸞の子、孫、子孫たちがどのようにして宗派を維持し、発展させてきたかが克明に描かれている。信頼の死後十数代は、親鸞の地を引く子孫=本願寺は、必ずしも宗家として尊重されたわけではなく、むしろ弟子筋の寺院が強かった。


こうした流れを一気に変えたのが、親鸞から8代あとになる蓮如だった。蓮如は、天才的なアジテーターであり、企業経営者のようなしたたかさも持ち、一代で本願寺を巨大な教団へと変貌させる。蓮如自身は温厚で、暴力を嫌う性格だったようだが、教団は暴力を帯びて暴走し、一向一揆をおこすに至る。

この本に出てくる僧侶たちは、何人も妻をめとり、妾を養い、そして子供に寺を僧俗させようとする。俗の極みのようである。


そうでありながら、浄土真宗という宗教の「聖性」は損なわれない。それは、中世末期、戦国時代にあって、教団を率い、大衆を善導しようというバイタリフィあふれる宗教者の姿が描かれているからだ。

東本願寺

higasihongannji


専門的な記述も多く、難しい本ではあるが、日本の宗教を理解するうえで、欠かせない一冊だと言えよう。


 

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひ、コメントもお寄せください! ↓