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高校2年の夏、大阪の鶴橋で電車を降りて、駅のトイレに入ったら「文世光が、朴大統領を狙撃したのは日本の責任だ」というニュアンスの落書きがあった。生々しさに息を呑んだ覚えがある。

1974815日、韓国大統領だった朴正煕は、日本出身の文世光に狙撃された。大統領は難を逃れたが、夫人の陸英修が死亡した。

 

朴正煕は軍人で独裁者だった。日本の保守系政治家ともつながっていると言われたが、日本政府は韓国への経済援助に熱心で、多くの企業が進出していた。経済発展には熱心で、韓国は急成長していた。

 

しかしながら、朴政権は言論を徹底的に弾圧するなど、強権的だった。強い権力を背景に、高速道路を付けたり、重工業を興したりしたが、その周囲には濃い利権が発生した。

 

そもそも朴政権は、民主的に生まれたものではない。1961年に陸軍少将だった朴正煕は、軍事クーデターを起し、李承晩政権を打倒して実権を握ったのだ。

それから2年間は他の大統領が立っていたが、63年になって大統領選に出馬して、大統領になったのだ。

 

当時は、北朝鮮は第一世代の金日成が率いていた。

金日成は反米、反帝国主義の旗手だとして、日本のインテリの一部は強く支持をしていた。反対に朴正煕は、米帝の手先として、評判が悪かった。アメリカや日本の政治家は朴政権に手を貸していたが、世界では朴政権は、民主主義の敵だと思われていたのだ。

 

当時の日本国民に「北朝鮮と韓国と、どちらが正しいと思うか」と聞けば、意見は二分されたのではないか。

北朝鮮の方が、民主国家だと思う人はかなり多かったと思う。

これに対し、韓国は経済発展の途上であり、日本と比べても生活水準は極めて低かった。先進国に仲間入りするなどと言うことは、まだ夢物語だった。

 

実際には日本人の拉致はこの時期に行われていた。その指揮は金日成の息子の金正日が取っていたと言われる。金日成はこのときまでにかつての僚友やライバルをあらかた粛清し、独裁体制を築いていた。後年、文世光の朴大統領狙撃事件も、北朝鮮が画策したものだったことが明るみに出た。

ソビエトや中国も健在であり、北朝鮮は経済的にもまだ一定のレベルを維持していた。
 



朴正煕大統領は、文世光の狙撃事件の5年後に腹心の部下に銃殺された。

文世光も、朴大統領を射殺した金載圭も、逮捕から1年以内に処刑されている。

 

その後も韓国の政治は不安定だった。朴大統領の後任には崔圭夏が立ったが、1年足らずで全斗煥将軍が軍事クーデターを起し、大統領になった。まだ軍部が政治に大きな影響力を持っていたのだ。

 

この全斗煥政権の時に、韓国はソウルオリンピックの開催が決定し、ようやく高度経済成長を迎えるのだ。1988年のことである。

 

この間には金大中拉致事件という日韓関係を揺るがす大事件も起きている。

 

我々は、韓国という国を日本と同じような先進国だと思いがちだ。しかし、韓国は、ついこの間まで、国のトップが暗殺され、軍事クーデターが起こるような殺伐とした国だった。民主主義が根付いたのは、80年代後半からであり、言論の自由も根付いて20数年しかたっていない。

日本の音楽や映画などは最近まで国内で視聴することは禁止されていた。

 

また、退任した大統領は、汚職などの罪で刑事訴追され、刑務所に入るのが通例となっている。今の李明博大統領も、来年にはほぼ間違いなく刑事被告人となるだろう。

 

竹島問題などで韓国の人々が見せる、エキセントリックな反応は、まだ韓国が十分に成熟していないことをうかがわせる。感情が直截的、短絡的で、すぐに手が出る。そして振り子のように世論がころころと変化する。

 

来年、大統領に就任する朴槿恵氏は、朴正煕元大統領の長女である。朴正煕時代の復権は進むだろう。また、父朴正煕元大統領は北朝鮮に陰謀で殺されたのだが、そこには日本が深く関与しているという見方は強い。

日本との関係も微妙に変化するだろう。

 

我々はこの隣国がまだ、十分に成熟していないことを理解しなければならない。

 

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