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私はどんな地方に行ってもお寺を見て回ることにしている。お寺を見れば、その土地の歴史の成り立ちが見て取れるからだ。丹波篠山のお寺も、まさに歴史を反映していた。

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丹波篠山の寺院の特色は、第一に「寺のスタイルが統一されていない」ということだ。

一人の領主が長く統治してきた土地では、寺院のスタイルは統一されていることが多い。宗旨はバラバラであっても、伽藍配置や本堂の建築様式などは似通っているケースが多いのだ。

これは寺院が、領主、藩主の菩提寺の形式を模倣するからだ。典型的な例が、愛媛県の内子町だ。また、領主ではないが一向宗が永らく土地を支配した北陸なども、似たスタイルのお寺が多い。


しかし丹波篠山のお寺は、スタイルがばらばらである。これは前回述べたように、領主、藩主が短期間で入れ替わったからだ。

 

戦国時代にこの地を支配した波多野氏も、相模あるいは出雲からの流入だったとされるし、以後、藩主となった松平氏も三河からやってきた。青山氏も他の土地を数代経ての入封だ。

藩主が変わるとその都度、お寺もついてやってくる。

こういう形で、各地のお寺のスタイルが入り乱れたのだ。

 

また、篠山盆地には小高い丘ごとに小さな城が築かれ、小豪族がこれを根拠地とした。そうした豪族も菩提寺をその地に開創したから、ますますお寺のスタイルは多様になった。

 

例えば、長楽寺。市街から少し外れた農村にあるが、この寺は田舎のお寺らしい、素朴な風情を保っている。

雪の降る地方だから、屋根はトタンでおおわれている。曹洞宗の禅寺らしいすっきりしたたたずまいである。

 
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例えば、下立町の来迎寺、名前でわかるように浄土宗。波多野氏ゆかりの寺院。入母屋つくりのオーソドックスな本堂。城下町の寺町に多い親しみやすいスタイルである。

 

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そして沢田の少林寺。これは、沢田城を築いた豪族小林氏の菩提寺。小さな山(つまりこれが小林城)にさしかかる地点にあるが、立派な小楼門を持っている。
江戸時代に入って、最後の藩主青山氏が再興したという。

 

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極端に言えば、一つ一つの寺院が、独立した歴史を有している。これが丹波篠山の寺院の特徴と言えようか。

 

今回は駆け足で廻ったのだが、機会があればじっくり見て回りたいと思う。

 

 

 

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