私の本棚の上の方に、茶色い大型のスクラップブックが何冊か並んでいる。11年前に97歳で死んだ祖父が記録していたものだ。

 

昭和初年から戦争が始まった頃まで、祖父が目についた記事を貼りつけたものだ。

戦前、祖父は逓信省の逓信監察官をしていた。ノンキャリアではあったが官僚であり、日本の行く末に強い関心を持っていたのだろう。

 

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祖父は日中戦争から太平洋戦争の動きを克明に記録している。

日米開戦の第一報。

 

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大阪朝日新聞。

写真も何にもない。文字だけ。しかし、いつもは言い切りの文体がですます調に改まっているのが、事態の大きさを表している。

すでに真珠湾攻撃の速報も出ている。

その後はこういう勇ましい写真がどんどん出てくる。

 

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ミリタリーファンにはおいしい写真なのかもしれないが、そんな写真の合間に戦死の記事がちらほら出てくる。

1211日には「室大尉蘭州に散る」この大尉は室兼次中将の子息だったようで、父中将の「元気な奴」というコメントが付いている。

 

日を追って「名誉の戦死」の記事が増えてくる。

 

日本のアメリカ開戦を同盟国のこの人物が歓迎している。

 

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このスクラップブックにはヒトラーの動静が何度も出てくる。当たり前の話ではあるが、尊敬すべき同盟国の指導者と言う扱いだ。彼がいかに聡明で、善政をしいているかという記事も多い。

これ、すべて大阪朝日新聞である。

 

しばらくすると、侵攻した日本軍が、各地で「大歓迎を受けている」という記事が次々と出てくる。

 

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アジア各地の名所の写真が載っている。

当時の日本人は「ここも我が国の占領下に入ったか」と誇らしく思い、高揚したのだろう。

 

戦況が進むとともに、だんだん写真が少なくなり、記事も減っていく。

「○○日、○○より」

という感じで、伏字も増えていく。

 

戦死者の記事は、最初は大きいのだが、数がどんどん増えてくるとともにベタ記事の扱いになる。

 

昭和18年の後半で祖父のスクラップは終わっている。それどころではなくなったのかもしれないが、恐らくは貼りたいと思う記事が見つからなくなったのだろう。

 

このスクラップは祖父が在世中、何度も開いて見せてくれたものだったが、死ぬと親戚中がごみ扱いした。叔母が捨てると言うので私がもらってきた。

 

70年以上前の記事が手元にあると言うのは不思議なものだ。記事は今も、昨日あったことを伝えているような迫力がある。

そして紙面からは、国策に協力し、戦争万歳を声を嗄らして叫んでいる新聞の姿勢が浮き上がってくる。
 



 

この新聞記事を見て感じるのは、「戦争を始めるのは簡単だ」ということだ。

 

勇ましい言辞を弄し、他国への反発を掻き立て、万能感を高めていけば、よその国をやっつけるなんて簡単だと思ってしまう。

戦争になれば戦死者が出るのは当たり前、敵国で少々の残虐行為をするのも当たり前。戦争なんてそういうものだ。

 

私は従軍慰安婦問題は、韓国の「政治カード」だと思っている。しかし、日本軍が善行のみを行ったとは思っていない。

胸を張って言えるようなことばかりしていたとは思えない。占領軍の驕り高ぶった気持ちで、相手国に失礼なこともたくさんしただろうと思う。

 

今、ネットには「日本は占領地の人々を開放した。日本人は占領地で感謝されている」という意見が躍っているが、それは嘘だと思う。

日本は他国を開放するために占領したのではない。日本の国益のために相手を犠牲にしたのだ。そんなお人よしの国は、歴史上かつてなかったはずだ。

 

今、日本は戦争なんて考えられない平和な国だが、米など他国から見れば「一触即発」と思われている。何らかの偶然で中国と先端が開かれれば、この72年前と同じような事態がすぐにでも起こる可能性がある。

そう考えると、この古くて重たい冊子は「予言のつまったスクラップブック」とも言えるだろう。

私たちの隣に「戦争」がうずくまって出番を待っているのかもしれない。


 
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