コピーライターらしい本棚ではないのだが、コピーを書くうえで必携の本はいくつか持っている。『朝日新聞用語の手引き』『土屋耕一全仕事(古!)』、そして『歳時記』。

 


「歳時記」という言葉は知っていても、そういう本があることは知らない人も多いのではないだろうか。

「歳時記」は、俳句の季語をまとめた本だ。季語の解説をし、その後にその季語を使った代表的な俳句を紹介している。

俳句の各流派から何種類もの「歳時記」が出ている。

別にコレクションする気はなかったのだが、いつの間にか手元に何種類かたまった。

 

大判の「歳時記」もたくさん刊行されているが、吟行や旅行などに持っていくことを考えた袖珍サイズの小型本も出ている。実用を考えればこれで十分。

どの本もそれなりに味わいがあるのだが、一番面白いのは「ホトトギス新歳時記」。
 



 

高濱虚子の孫で、正岡子規が興した『ホトトギス』を受け継ぐ稲畑汀子が編んでいる。

 

余談だが、稲畑さんは私が一時期お仕えした故伊住政和さん(裏千家千宗室御家元の弟さん)の先生だった。

私は伊住さんの俳句のエッセイを文章にまとめるお手伝いをしていたので、自然とホトトギス派を中心とした古典派の俳句の趣が理解できるようになった。

もう10年も前に伊住さんは亡くなったが、そのエッセイは今も読むことができる。

俳句に合う写真を撮りに行ったり、いろいろな資料を探したりしたことも今となっては懐かしい。

 

「今日の歳時記」


さて、ホトトギス派は俳句の本家とも言うべき流派であり、よく言えばオーソドックス、悪く言えば保守的で、権威主義的と言われるが、「ホトトギス新歳時記」には、他流派や古典も含めて、幅広い俳句がピックアップされている。

 

例えば「師走」と言う季語

 

たび寝よし 宿は師走の 夕月夜 芭蕉

 

水仙に たまる師走の 埃かな 几薫

 

買い物の 好きな女に 師走来る 星野立子

 

能を見て 故人に逢いし 師走かな 高濱虚子

 

街師走 何を買っても むだづかい 稲畑汀子

 

松尾芭蕉から今に生きる稲畑汀子まで、時代を隔てた俳人の句が並んでいる。

虚子は汀子の祖父。そして星野立子は虚子の娘、汀子には叔母に当たる。

夏目漱石と親交が深かった虚子は、1959年まで生きていた。

虚子は能楽師の家系に生まれたから、観能は日常の一コマだった。「晩年」を思わせる句だ。

立子の句は、広告のキャッチフレーズみたいだ。星野立子は父親の愛情をいっぱいに受けて、闊達な人生を歩んだ女流だ。立子と汀子、叔母と姪が同じ趣向の句を読んでいるのも面白い。

 

旧暦十一月十九日は小林一茶の忌日。「一茶忌」と言う季語では

 

 一茶忌の 句会すませて 楽屋入 中村吉右衛門

 

 一茶忌と 知るも知らぬも 蕎麦すする 岩永三女

 

吉右衛門は初代。今の吉右衛門の祖父、去年亡くなった中村勘三郎には伯父にあたる。この役者は俳人としても知られ、ホトトギスの句会によく出た。こういう色気のある俳句は、堅気には詠めない。

「蕎麦すする」は、一茶の

 

信濃では 月と仏と おらがそば

 

という句を下敷きにしている。

 

「歳時記」には新しい季語もたくさん盛り込まれている。

「スキー」と言う季語では

 

スキーヤー 転びて景色 とまりけり 小林草吾

 

簡単に スキーに行くと 云はれても 稲畑汀子

 

などと言う句が並ぶ。

こうしてみると、俳句は約束事にうるさくこだわらなくても良いのだと言うことが分かる。

稲畑汀子の句など、子どもにいきなり「スキーに行く」と言われた母親の困惑が目に浮かぶようだ。

 

食べ物の季語も楽しい。「ふぐ(河豚)」

 

 あら何ともなきや きのうは過ぎてふくと汁 芭蕉

 

 ふぐ鍋や 男の世界 ちらと見し 松尾靜子

 

 巡業に 出て 鰭酒を 覚えけり 片岡我當

 

 河豚くうて 尚 生きてゐる 汝かな 高濱虚子

 

芭蕉のこの句は比較的有名。松尾靜子は今、人気の女流俳人。

片岡我當は当代。今人気の片岡愛之助の伯父さんだ。

誰に向かってか知らないが高濱虚子は、嫌味なことを言っている。

 

 

「ナマコ(海鼠)」も冬の季語だ。

 

 尾頭の 心もとなき 生海鼠かな 去来

 

 大海鼠 とろりと桶に うつしけり 白井冬靑

 

 活きてゐる もの海鼠のみ 海鼠買う 犬塚貞子

 

 手にとれば ぶちゃうはうなる 海鼠かな 高濱虚子

 

海鼠のような官能的な対象に対して、俳人は創作意欲が湧くようだ。芭蕉の弟子の去来から、高濱虚子まで、みんな言葉を尽くして句をひねっているのが分かる。

 

読みだすと止まらなくなる。面白い。深い。

「歳時記」は、俳句とは何かを知る上で格好の本だと思う。

俳句が詠めるようになるかどうかは知らないが、俳句が好きになること請け合いだ。


 
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