私が30年ほど前に上方落語協会の事務局に入ったのは、落語家になりたかったわけでも、マネージャーを志望したわけでもなかった。落語の評論を書きたかったのだ。
東京には昔の安藤鶴夫、正岡容から、小山観翁、榎本滋民、江國滋、矢野誠一、川戸貞吉など、落語評論に健筆をふるう人がたくさんいた。立川談志のように噺家にも論を立てる人がいた。

しかし、関西では「人情」だとか「庶民の笑い」だとかありきたりのことを書く人はたくさんいたが、落語の技術論を本格的に書く人はいなかったのだ。

その頃から落語作家の小佐田定雄さんは顔見知りでいろいろ話をしたが、噺家と対等に技術論ができるのは小佐田さんと、大学の1年先輩の前田憲司さんなど、ほんの少ししかいなかった。私自身は大したことはなかった。



私は、豊田善敬というけったいな人と毎日寄席や落語会を回っては、遅くまで落語について話し合った。
長唄の公演や歌舞伎、狂言、文楽なども良く見に行った。今でも長唄は4~5本はそらで最後まで口ずさむことができる。

豊田さんはのちに、桂米朝の貴重な言葉を記録する語り部のような役割をする。



頭の中が落語でいっぱいになって、就職など全く考えられなくなったので、上方落語協会というところに入った。露乃五郎師の紹介だった。

今から考えると、これが良くなかったと思う。好きなものに近づくのは良いが、近づきすぎると良いところだけでなく、悪いところも赤裸々に見えてしまう。

私が2年で上方落語協会を止めて、瘧が落ちたように落語に関わることをあきらめ、コピーライターになったのは、落語家の「ダメな部分」を嫌というほど見てしまったのが大きい。

今も健在な人もいるので、実名は書けないが、落語会の上がりをちょろまかしたり、嘘を言ったり、他人を陥れたり、妻子持ちなのに片っ端からファンの女性と遊んだり、そういう人はたくさんいた。さすがにあくの強い、非常識な人が揃っていると思った。
ただ、今も昔もそうだが、落語ファンは立川談志の「現代落語論」が頭に叩き込まれている。落語とは「業の肯定」である、という言葉が刷り込まれている。
だから、そういう噺家の行状も、「落語家だから」の一言で済ませられるとも思った。

それ以上に幻滅したのは、売れてもいないし、うまくもないのに現状に満足し、安住している人たちの存在だ。

噺家になって何年も経つのに、出囃子が聞き分けられなかったり、寄席の決まりを知らなかったり。中には一番太鼓がなった途端に高座に上がるような人もいた。
ろくに落語会にも出てこず、呑み屋などの余興で小遣いをもらったり、街の顔役の腰ぎんちゃくになったりする。

特に当時の上方落語界は、定席もなく、寄席への出演者は限られていたから、誰々の弟子になったからと言って、落語をする機会は保証されていなかった。
自分たちで地域寄席を作ったり、コンクールに出たり、いろいろ活動しなければならなかった。
そういうことは一切せず、何をしているのかわからないような噺家もたくさんいたのだ。

最近読んだこの本は、東京の前座修行について5人の師匠が書いているが、やはりどの一門にも「努力しない」「現状に甘んじている」噺家がかなりいるようだ。師匠たちは、そうした弟子に手を焼いている。
面白い本だが、私は考え込んでしまった。



私がいた当時、落語家の総数は西が100人、東が200人の300人だったが、今や西が200人余、東が470人の670余人にまで膨れ上がっている。史上空前の数だろうと思う。
いくら人気だといっても、それだけの噺家を食わせるマーケットはないはずだ。

そのうちのかなりの数が「努力しない噺家」なのだと思う。

こういう噺家は実態として、ただの遊び人だ。親が金持ちの場合も多く、高学歴で「高等遊民」のようになっている人もいる。また、水商売や接客業のようになっている人もいる。
そういう人たちが、落語界に貢献しているとは思えない。
水増しのようになって、落語の水準を下げているのだろう。

当代の人気噺家のレベルはすごく高いと思うが、すそ野は果たしてどうなのだろうと思う。

「努力」といっても、一般人のように時間を決めてトレーニングをするとか、計画的に稽古をするとか、そういうのではない。
落語を偏愛し、惑溺し、寝ても覚めてもそのことだけを考え、全身全霊を注ぐような、狂的な愛情を示すような態度である。故桂枝雀をはじめ、そういう噺家は確かに存在した。今の若手はどうなのだろう。

相変わらず落語ブームは続いているが、膨れ上がった落語界は発展しているのだろうか、と傍から思っている次第。


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