戦後、私の父は徳島の大学を卒業して大阪で就職した。職場で母と知り合って結婚し、私が生まれた。偉そうに「大阪弁は」などと言っているが、関西人としては一代目に過ぎない。
父の兄は名古屋で勤務医になった。だから従兄たちは名古屋弁である。
徳島に残った親戚もいた。法事などで一族が寄り会うと違った方言が飛び交った。
人口の都市流入が進む戦後の社会では、どこででも見られた光景だったと思う。

昨年、東京在住の、私と同じ苗字の人から連絡があった。その方は我が家の本家に当たる血筋の人だった。
田舎にある墓所を老人福祉施設に売却し、新たに墓地を菩提寺の近くに買ったので、改葬をしなければならない。「新家さん(私たちのことだ)にも是非立ち会ってほしい」とのことだった。

本家筋が東京にいることは薄々聞いていたが当主の方の名前も知らなかった。墓所には何度か参ったことがあるが、確かに「本家」と「新家」の墓が並んで建てられていた。
この土地を所有する本家が売却をされて、墓を移動することにしたのだ、

そこで先日、奥さんとともに改葬に立ち会った。父の兄の系統からも従兄の奥さんがやってきた。この人とも2回ほどしか会っていない。

以前に訪れたときは墓所の周囲は草が生い茂った空き地だったが、今は立派な老人介護施設の建物が立っている。その中に離れ小島のように墓所が取り残されていたのだ。
以前に私は過去帳や戸籍を調べたことがあるが、私の血筋は18世紀前半までさかのぼることができる。その中の幕末以降の人が眠っていたのだ。

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ユンボが入って、ゲームのマリオそっくりのおじさんが地面を掘っている。
このあたりは吉野川の河川敷。
何度も洪水に見舞われた土地だから、土壌は粘土質。その粘り気のある土にユンボの爪が食い込んで、アイスクリームをすくうようにどんどん掘っていく。
私たちが着いたときには、本家の墓があったところは粗方掘り返されていた。
周囲には袋がいくつか置いてあった。出てきた遺骨や遺品を個人別に入れるのだと言う。
「ほら、人骨も出てきましたよ」本家の人が言う。
袋の中には丸いしゃれこうべがあった。この人は、明治中期に亡くなった私から六代前の本家の奥さんである。ほとんどの骨が土に還った中でこの人だけが面影をとどめていた。細面のきれいな骨だった。

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大たい骨も出てきたが、ずいぶん長くて太い。
本家の人と「別人かも知れない」と言い合った。

当時は乳児の死亡率がきわめて高かった。大人になるまで成長するのは半数くらい。1歳未満で死亡する子どもが多かった。
そうした一人の遺品だろうか、ガラス製の哺乳瓶がほぼ完全な形で出てきた。アンティークショップなら売れるかもしれない。

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午後からは私たち新家の墓所が掘り返された。
戦前までこの地方では土葬が一般的だった。私の御先祖たちは大きな素焼きの甕の中に座らされて埋められた。いわゆる「甕棺」だ。甕の上にはこの地方の名産である青石が載せられていた。
ユンボがそれらをどんどん掘り返していく。遺跡の発掘ではないので、遠慮はない。ユンボの爪が甕に当たって割れると、大量の水があふれ出した。雨水が地中に染み込んで甕にたまったのだろう。

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遺体はその水の中で腐敗し、分解されていく。甕の底の方に色の変わった土の層があったが、恐らくそれが亡き人の「証」だ。そういうものが出てくるとユンボを止めて石屋のおじさんが穴に入り、それらを掻きだして袋に入れてくれる。

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小さな甕もいくつか出てきた。その甕には、幼くして死んだ子どもたちが収められていたはずだが、ほとんど痕跡はなかった。

「『もうええ』というまで掘りますが、こういうものは、遺族さんの気持ちの問題です」石屋のおじさんが言った。
私は改葬というのが、こんなに重たい作業だとは知らなかった。この大きな穴を見るだけで、気持ち的にはいっぱいになっていた。
本家の人も「これで十分です」と言って、作業は1日で終了した。

そこから歩いて数分の菩提寺の北側に新しい墓所が縄張りされ、移動された墓石が寝かされていた。この土地に袋に入れられた遺骨や遺品を改めて埋めなおし、墓石を立てるのだ。

この墓所には私の父は眠っていない。父の墓は我が家からも見える墓地にある。母が墓地を買ったことを父はひどく嫌がったが、ほどなく病気になって1年足らずで身罷った。

だから徳島の墓地には祖父までの先祖が眠っている。祖父が死んで既に43年になる。ずいぶん昔のことに関わっているのだと思った。

昔と言えば本家と新家が分かれたのは、父の曽祖父の代、120年も前のことだ。親戚と言うにはあまりにも遠い間柄だが、それでも話をしていると「他人」という気持ちがしなかった。先祖が引き合わせてくれたのだと思った。

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私は、袋に入れられた頭骨が強く心に残った。
この人は、数十年だけ生きて、それよりもはるかに長い歳月、暗い甕の中で朽ち果てるのを待っていた。
「人生は、土に還るまでのひまつぶし」
そんな言葉が浮かんだ。
どんなに文明が進歩しようと「無常観」だけは変わらないものだ。


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広尾晃、3冊目の本が出ました。