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世の中には「反則だ!」と叫びたくなるようなおいしい料理がある。「反則だ!」というのは、「ただでさえ美味しいものを、こんなにしちゃってまあ」という感慨である。

滋賀県近江八幡市の「ひさご寿司」は、地元では知らない人のいない名店だ。

この店の総料理長の川西豪志さんは、若年ながらも日本料理の世界では名の通った包丁で、京都の菊乃井の三代目村田吉弘さんらとフランスへ日本料理のお披露目にでかけたりする人だ。

滋賀県の食材の取材では度々お世話になっている。暮れにも料理撮影をお願いした。
その折に昼食をいただいたのだが、そこに出てきた料理が「反則だ!」。

近江牛の茶わん蒸し

みなさん、どう思いますか?近江牛と言えば和牛のブランド牛。元は但馬牛だがこれを滋賀県の生産者が丹精込めて肥育した和牛の逸品だ。

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私は何度も取材したが、肥育環境はどこの牧場も素晴らしい。なかには近江米を収穫した後の藁を飼料に使っている生産者もあった。
近江米は琵琶湖の環境を汚さないために、農薬や除草剤なども細心の注意を払って栽培されている。牛たちはそういう藁を食べているのだ。
昔は、A5ランクのとにかく脂がおいしい牛肉が受けたが、今は赤身中心のあっさり系のお肉も評判がいい。
とまれ、近江牛は和牛の中でも逸品と言ってよいのだ。

普通は、素直に焼いて食べるでしょう。きれいな赤身にほんのり黄色がかった刺しが入ったお肉は、鉄板で踊るように脂をとろかしながら色を変えていく。
十分に色が濃くなる手前で箸につまんで、口に放り込めば、甘い脂と濃厚な牛のうまみが広がって、思わずため息が出たりする。
そういうものだ。

しかしこの料理は、その牛肉を卵汁の中に入れて蒸そうと言うのだ。もったいない気がしませんか。
茶わん蒸しもごちそうではあるが、和食の中では「主役」とは言いにくい。
ドラマでいえば、主役は張らないが、ちょっと名の知れた脇役。例えば六平直政とか、六角精児とか、出ていれば何となく嬉しいけど、この人が主役のドラマと言うのはちょっとつらいかも、という感じ。


懐石に茶わん蒸しがついていれば少しうれしいけど、茶わん蒸しでお酒を飲んだりご飯を食べたりするのはちょっと、という感じ。

でも、茶わん蒸しは、実は牛肉の味わいを引き立てるには素晴らしい料理なのかもしれない。

肉の調理法と言えば、焼くか、炊くが普通だ。
焼くと肉は香ばしくなるが、脂分とともに旨みが出てしまう。
炊くと肉は柔らかくなるが、旨みの大部分は出汁の中に逃げてしまう(その汁が宝物にはなるけれど)。
しかし、蒸すと、肉から出た旨みは肉の周りにとどまっている。そして少し冷めると肉に再び吸い込まれていく。
理屈でいえば、肉のうまみが最も濃厚に残っている料理、ということになるのではないか。

私はそのとき、すでにおいしい「ちらし寿司」をいただいていて、腹八分目になっていたのだが、近江牛の茶わん蒸しは、それこそ「反則だ!」と言いたくなるおいしさだった。

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匙ですくうと、プリンのような生地から牛肉が顔を出す。口に運ぶと、卵の滑らかな食感をまとった濃厚な牛肉が口の中で、ゆっくりと溶けはじめる。
とろんとろんの卵が、とろんとろんの牛肉をくるんでいるのだ。
旨みは普通の牛肉よりも明らかに濃い。何とも言えないゴージャスな和牛のうまみが、卵の生地と言うお供を連れて口の中で踊りだすのだ。
少し甘めの味付けが、牛肉の風味をぐぐっと引き立てる。
「こんなことしたら、どもならんがな」
とわけのわからないことを言いながら、小さな匙を夢中ですくいすくいして、一気に食べた。

あとから思えば、もう少し写真しっかり撮ればよかったと思ったけど、手を休めることなく食べてしまった。

このメニューはひさごさんのHPにはない。お昼だけの「なんてことはない料理」なのだと思うが、このあざとい料理ができる川西さんはすごいと思った。

この日の取材は「北之荘菜」という滋賀県特産の野菜の料理だった。川西さんはこの料理でもすごいことをするのだが、それは滋賀県のサイトにアップされてから改めて当サイトでご紹介したい。


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広尾晃、3冊目の本が出ました。