今日の結びの一番、白鵬、鶴竜戦を見ていて思ったのは、白鵬の腰は他の力士とは別物だということだ。
白鵬の上体はかなり大きくしなる。相手の攻撃を受けてのけぞる場面もしばしばだが、それでも腰の位置は変わらない。決して太くはない下半身だが、恐ろしく粘り気がある。
話に聞く双葉山と同じく、腰の位置が決まっているから時間が立つとともに自分十分に持ち込めるのだ。
鶴竜は白鵬に上手を与えまいと機敏に動いた。しかし上手をつかんでいなくても、白鵬の体勢は安定している。腰から下が盤石だから、鶴竜を追い詰めることができる。一度は上手を取るなど、鶴竜は奮闘したが、勝てる気配はなかった。

それ以前に「顔」で負けていたのだろうが。

今日の取り組みで、白鵬は足を飛ばした。「蹴返し」は大横綱らしからぬ飛び道具だが、実は大鵬も後輩の玉の海が台頭してきたときに、同じように「蹴返し」を見せたことがある。
圧倒的な存在なのに、まだ勝ち星をほしがる、これが大横綱と言うものだろう。

優勝30回以上の3横綱の成績を並列してみる。えんじ色は優勝。赤の数字は優勝回数。ピンクは三賞。

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白鵬と大鵬は20歳そこそこで初優勝し、20代前半で圧倒的な強者となる。そこまではよく似ている。
しかし大鵬が27歳前後で故障がちとなり、優勝のペースががっくりと落ちたのに対し、白鵬はそのペースがかれこれ4年も続いている。
千代の富士は20代半ばまでは大横綱になるとはとても思えない成績で、一度は十両まで落ちたが、26歳から突如強くなり出して、30歳前後から無敵になった。
今の白鵬の優勝のペースは、千代の富士の同年代のペースに近い。

つまり大鵬の20代前半と、千代の富士の20代後半、30代を合わせたような成績。白鵬の強さは空前絶後なのだ。
今場所でついに大鵬の幕内での勝率を抜いた。

大相撲人気は急速に回復している。若手人気力士の台頭などが原因とされるが、本当のところは景気回復と、観客が入れ替わって大相撲を見ていない人々が相撲に行き出したことが大きいのだろう。本物ではないと見る。

しかし、相撲史を振り返れば、圧倒的に強い力士が長く君臨する時代は、良くない時代だった。
雷電為右衛門が圧倒的に強かった寛政後記、太刀山峰右衛門が一人勝ちしていた大正初期、そして大鵬が独走した昭和40年代初期、大相撲人気は低迷した。
そういう「独裁期」には、大相撲全体のレベルは低下したとされた。大相撲は二強対立時代が理想なのだ。

私は常々、大相撲と自動車のフォーミュラ1の世界は構造がよく似ていると思っている。いずれも一握りのトップ選手が勝利を寡占する。
F1は前身のグラン・エプルーブから1950年に近代化された。その草創期の偉大なパイロット、ファン・マヌエル・ファンジオが打ち立てた勝利数記録(24)は長く抜かれることはなかったが、18年後にジム・クラークが25に更新、さらにジャッキー・スチュワートが27に更新。これをアラン・プロストが51に大きく更新。そしてミハエル・シューマッハが91と、アンタッチャブルな領域まで伸ばした。

今の白鵬は、まさにシューマッハになろうとしている。もはやだれも、優勝回数について口にする人がいなくなるまで、彼は勝ち続けるのではないか。

しかし白鵬が引退した後、大相撲はどうなっているのだろうか。すべての作物が取りつくされた後のような茫漠たる荒野になっていないだろうか。
白鵬以外の力士の不甲斐なさ、そして素材としての小ささを見るにつけ、大相撲の将来に不安を抱かざるを得ない。


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広尾晃、3冊目の本が出ました。