最悪の結果となった。痛恨ではあるが、西側陣営の一員であり続けるためには、この結果は覚悟しなければならないことでもあった。
ヨルダンが画策した自国のパイロットを含めた人質交換は、イスラム国としては最初から受け入れがたいことではあった。
パイロットはヨルダンとの交渉のもう一つのカードであり、後藤さんと合わせて二枚のカードを一度に切ることは考えられなかった。
しかしヨルダンにしてみれば、それをせず、外国人である後藤さんの救出のために、女性死刑囚と言うカードを切ることは、国内感情を考えてもできない話だった。

イスラム国は、恐怖を拡散させることによって影響力を拡大してきた。またその恐怖のイメージで、世界中から不満分子を引きつけてきた。
身代金と言う経済的利得は得られなかったが、世界、とりわけアジア圏に「恐怖」を流布するという点では、成功したのではないか。

日本政府は
このような非道かつ卑劣極まりないテロ行為が再び行われたことに一層激しい怒りを禁じ得ません。改めて断固として非難します。
というメッセージを発した。当然のことではある。

安倍政権としては、この事件をきっかけに、日本は西側陣営の対イスラム国軍事作戦に積極的に関与しようと考えているかもしれない。
しかしそれは、イスラム国の思うつぼである。
彼らは卑劣な手段を使って日本に「喧嘩を売って」きたのだ。
それを「買う」のは、イスラム国の思惑に嵌ることに他ならないのだ。

イスラム国にとって、日本は「最弱の敵」ではあろう。
「戦争ができない」と言う国是を持っている上に、危機管理においても他の西側諸国とはから比べれば脆弱である。
そして「人の死」に対しては、極めてセンシティブに反応する国だ。
「恐怖」「憎悪」を媒介して影響力を広げてきたイスラム国にとっては、格好の餌食になりかねない。

私たちは「戦争に巻き込まれない」ことで、今の繁栄を保ってきた。朝鮮戦争の時に、時の総理吉田茂は、「これぞ天佑」と言って大いにひんしゅくを買った。しかし敗戦から5年の日本がこのときに、朝鮮半島に出兵していたら、今の経済的な繁栄はあり得なかった。
そしてベトナム戦争のときも、日本は経済的な支援はしたが、出兵はしなかった。
日米安保条約を結んだのは、西側陣営の一員であることを明らかにすることではあったが、同時に「戦争放棄」の憲法を有することで、戦争には直接関与することはなかったのだ。

これまでの保守政治家は、西側色にいることの「経済的な恩恵」を受けつつ「軍事的負担」は避けるように、日本のかじ取りをしてきた。
派手なステートメントは発しなかったが、狡猾に、巧みに日本と言う国を繁栄に導いたのだ。
吉田茂に代表される保守政治家とは、筋金入りのリアリストだったのだ。
自民党内にも生粋の右翼はいた。彼らは軍備の増強を進めて、「戦争ができる国」になるべきだと声高に叫んだが、昭和の時代まではこういう政治家が主流になることはなかった。

しかし小泉純一郎首相以降、「靖国問題」などで他国を刺激しても日本の矜持を取り戻すべきだという考えを持つ政治家が、大きな支持を得るようになった。
リアリストではなく、理念で動く政治家が主導権を握るようになったのだ。
「右傾化」とは、つまるところそういうことだ。

日本は世界で飛びぬけて治安のよい国だ。犯罪は少なく、銃の数も極めて少ない。民心は安定し、過激な政治勢力も少ない。国内の対立は存在するが、深刻には至っていない。
それは結果的な「一国平和主義」がもたらしたものだ。
今回の事件を契機として、これが崩れることがあってはならない。
軍事行動に参加したとしても、できることはたかが知れているのだ。日本人の戦死者やテロの犠牲者が増えるだけで、イスラム国に打撃を与えることなどできないのだ。

日本は旗色を鮮明にして、対立をあおる側に立つのではなく、唯一の「アジアの先進国」として、賢い選択をすべきだ。
まずは「イスラム圏との連帯」を図るべきだろう。穏健かつまともな大部分のイスラム教徒に対して連帯を働きかけ、イスラム国への平和的な包囲網づくりに寄与すべきだろう。
フランスのように「すべてのイスラム圏を敵に回す」選択をしてはならない。
同時に深刻化している中国や韓国との関係を改善し、日本周辺の「安全」を確保すべきだ。

もちろんイスラム国関連の人間の流入や、イスラム国への内応者の出国を管理し、国土の治安を守る努力はしなければならないが、それ以上に「戦争に巻き込まれない」ためのあらゆる努力をすべきだ。

世界は日本の軍事力に大きな期待はしていない。70年間も銃を取ったことのない人間に戦いに参加せよとは言っていない。
「テロには屈しない」というメッセージは発するべきだが、さらなる惨禍を生まないために冷静な行動をするべきだ。

いくら安倍総理が「右」だと言っても、彼は保守本流に育った人だ。私は最後には父祖伝来の「保守の知恵」を働かせることと信じている。

西側諸国の一員にして、独自のスタンスを保ってきた日本は、今こそ「戦争ができない国」としての知恵を働かせ、自国の安全と世界平和に寄与すべきだ。

国内で声高に「戦争」を叫ぶ連中の声を真に受けてはならない。



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