1968年に死去した広津和郎は、芥川龍之介とほぼ同世代の作家。今やすっかり忘れ去られた感がある。

父は明治大正の流行作家だった広津柳浪。大正時代、20代の頃から頭角を現した。今でいうドキュメントや社会派小説、翻訳などでも活躍した。
この広津が1926年に「中央公論」に書いたエッセイに「さまよへる琉球人」というのがある。

広津のところに出入りしている琉球人がいる。金儲けの話をしては広津をだまし、小金をせしめている。もう一人の琉球人がやってきて、琉球人は抑圧されているからこれくらいのことをしても許されると弁護する。その琉球人は広津の蔵書を借りて帰るが、あとから「後で記念に貰っておきます」というはがきを書いてよこした。広津は結局、二人の琉球人に騙されたことになったが、なんとなく憎めなく思う。

という筋書きだ。このエッセイが発表されると、発足したばかりの沖縄青年同盟が抗議文を出した。
「琉球人差別」が存在する今の世に、有名作家がこのような文章を発表すると、琉球人は詐欺師だと思われかねない、というものだった。

沖縄人の境遇に同情し、彼らにシンパシーを感じていた広津は、抗議文を繰り返し読んで
「取り返しのつかないことと苦痛に悩ましくなっていった」と嘆く。そして、琉球人に対して持った同情や厚意が、いかに第三者的でうすっぺらであったかを思い知って、恥ずかしく思った、という。
広津は死ぬまでこのエッセイの再録を許さなかった。
しかし、広津のこの態度に感動した沖縄県民の手で、1970年「新沖縄文学」に掲載された。

この話は示唆に富んでいる。
沖縄県民は、明治維新後、日本国民となってからも「りき人」などと呼ばれ、厳しい差別にあってきた。昭和の大恐慌時代、沖縄を襲った経済危機は「ソテツ地獄」と言われたが、日本政府は何ら救済策を講じず、国税を取り立てた。
広津はこうした沖縄の惨状を聞いて、沖縄県民に同情した。しかし、これは強者が弱者に対して見せる憐憫の情だった。
そもそも、沖縄県人も他の日本国民も同等の権利を有しているはずだ。彼らが差別されるのは全く不当である。同じ日本国民として持つべきは、「可哀想に」という憐みではなく、同じ日本国民がなぜこのように目に遭っているのか、という憤りであるべきなのだ。
戦後「山川事件」など社会派の作品を書いた広津和郎にして、こうしたことに鈍感だった。しかし、作家はこのことに気付くと激しく自分を恥じたのだ。

日本人が沖縄県民に対して抱いている意識は、当時とあまり変わっていないように思う。
沖縄は太平洋戦争でひどい目に遭った、そして米軍基地に土地を占拠され続けている。可哀想だ、だから沖縄開発には特別予算を組んで、経済的に優遇している。
多くの日本人は、これで「ちゃら」だと思っている。
本来であれば、一部の日本国民が極端に不当な立場に貶められているのであれば、その境遇を是正し、他の人々と同様の生活環境を取り戻させるのが、国の役割だ。
しかし日本国はそうせず、「金で解決」してきたのだ。



そこには、沖縄県民を、他県民と同等の人々だとは思わず、一段劣った存在だとみなす潜在意識がある。

今回の普天間基地の移転をめぐる問題も、沖縄ではなく東京でのことであれば、安倍政権は同じような仕打ちをしただろうか。
菅官房長官は、県知事が7回も会見を打診したのに、すべて拒絶したという。ここに「差別」の意識がないと言えるだろうか。
安倍政権は、「沖縄はこんなに金をくれてやっているのに、まだ不平を言う」という認識だと思う。そこには憐憫の情こそあれ、「同胞に対する意識」はないと思う。
沖縄県知事に対して失礼な態度を取り続ける一方で、ユニバーサルスタジオの開設や、リゾート開発などの経済政策を次々とにおわせている。
今後も沖縄の人々は札束で横面を張って従わせるという姿勢を露骨に示し始めているのだ。

安倍政権は、自分たちに反対するもの、自分たちの政策を進めるうえで邪魔になるものに対して、くっきりとした線引きをし始めたと思う。尻尾を振ってくるものは優遇するが、そうでないものは思いきり冷たく扱う。
そこには「平等」の意識はない。戦後最も下品な政権だと思う。

ヘイトスピーチを規制する法律を作ろうとしないのも、在特会やネトウヨの多くが「安倍政権支持」だからだろう。彼らは線引きの「内側」なのである。

マスメディアも安倍政権の強権を恐れてトーンダウンした。今やマスメディアには何も期待できない。
わずか有権者の25%の指示で強大な権力を発揮する安倍政権は、「粛々と」日本の国を傾かせることだろう。一刻も早く政変を望む。


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広尾晃、3冊目の本が出ました。