台湾に来て数日たつ。テレビをつけても、知らない言葉で鳥のようにけたたましく話しているのが聞こえるだけで、情報が入ってこない。これがいいのかもしれない。心が少し休まる。
最近、日本のテレビで耳障りで仕方がないのが、ライザップのCMだ。最近は、進化したバージョンに入った感じで、いろんなバリエーションがあるが、基本は同じ。
ブッブッという音楽に乗せて不細工な中年の体を見せて、ファンファーレみたいな音楽に変わったらギリシャ神話みたいな体に大変身。

有名人を使う、使用前使用後の効能をはっきり端的に示す、サウンドロゴを使う、そして何より繰り返し繰り返し放送する。
マーケティングのお手本のような見事な広告展開だ。

ライザップ自体はトレーナーの大半がパートだとか、従業員を働かせまくるブラック企業だとか、短期間の体形変形の健康への影響とか、いろいろ黒いうわさもあるが、圧倒的な出稿量でメディアを黙らせているようだ。

それはさておき、いつもCMを見ながら、思うのだが、
あの「中年の体形」、恥ずかしいのか?
ぷくっとお腹が出て、肩も丸くなり、猫背勝ちになった体は、確かに格好良くはないが、中年の体とはそういうものではないのか。
女性なんか、ああいう風に丸い体になるからこそ、子育てもできるし、人の世話もできると思う。
男性だって、こういう体は、生物としてのごく自然な経年劣化だと思うのだが。

少なくとも昔の日本人は、ああいう体形に嫌悪感を抱いていなかった。
浮世絵の春画や、明治期の日本画、例えば小林古径の裸婦なんか、まるみがかった日本人らしい柔らかい体形を描いたものだ。

kokei
http://www.koshokaitori.com/

美しいかどうかは別にして、昔の日本人は、成熟した男女はそういう体をしているものだと思っていたのだ。

ライザップの「使用後」のあの体。ノコギリクワガタの里親みたいな、ごりごりでタールを塗ったようなあの体、美しいのか?あれは「怖い体」ではないのか。
ああいう体の人が風呂屋に入ってきたら子供は泣きだすのではないか。
ああいう体は、ギリシャ神話なんかで見るだけの「ウソモノの体」ではないのか。

そもそも、肉体は改造できるが、首から上の部分はムキムキにはできない。どんなにがんばっても、ジャン・クロード・バンダムみたいな顔にはなれない。
使用後の体にも、使用前とあまり変わらない顔が載ることになる。
生島ひろしなんか、GIジョーの体に食い倒れの人形の首をくっつけたみたいになっている。
ああいうの、何がいいのだ。

私はああいう体になりたいと思ったことはない。腹筋が板チョコみたいに割れたらいいとは思ったことがない。
ああいう体になって、何をするというのだ。肉体労働か?格闘技か?甲虫類の里親か?

一つ考えられるのは「異性を引き付けたい」ということだろう。
最近は、「ちょいわるおやじ」とか「美魔女」とか言って、40、50と安物の重箱のように年齢を重ねているのに、お姉ちゃん、お兄ちゃんと遊びたいという人が結構いるようだ。
昔からそういう人はたくさんいたが、少し前まではそういうみっともない「欲望」は、スーツの内ポケットあたりに隠していたものだ。
それが最近は、あからさまになった。クルマや服や持ち物や、メイクや髪型だけでなく、肉体までもが「それ仕様」になって、人様にひけらかすようになった。
小金を持っていればこそ、そういうことも考えつくのだろう。
たまたま台湾の街角を歩いていたら、こんな看板があったが、こういうことなのではないか。

raizap


ひとそれぞれ、どうぞ勝手にということだが、私個人の意見でいえば「あさましい」と思う。品がない。

ああいう体に急激になって、リバウンドが恐ろしい気もする。中途半端に体太りだした状態は、焼き豚のようになるのではないかと思う。

私は「使用前」の体で生きていく。「使用後」のあのような体はうらやましくもなんともない。
人生のタイマーの上で、ごく普通に老いていければそれでいいと思う。
もちろん、私一人の考えだが。


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