日韓関係の「のどに刺さった骨」だった「従軍慰安婦問題」の電撃的な合意の背景には自民党、安倍政権の危機感があったとみるべきだろう。
安保法案を通過させるために、安倍政権は相当無理をした。民主主義のルールさえ踏み外した。支持率は一時的とはいえ急落した。盛り返してはいるが、以前の勢いはない。
来年7月の参院選挙を見越して、何か印象を好転させる材料がほしい。
「従軍慰安婦問題」の電撃的な合意は、2002年、小泉政権による日朝首脳会談、5人の拉致被害者の帰国を想起させる。このときも、小泉政権は田中真紀子外相の更迭などもあって、支持率が下降気味だった。折り返し点にさしかかったポピュリスト政権には「追加の花火」が必要性なのだろう。

韓国の事情はさらに深刻だったのではないか。中国に依存してきた国内経済は中国の失速に伴い、悪化の一途をたどっている。日本の円安政策がそれに追い打ちをかけている。アメリカは西側の一員として中国に対する過度なすり寄りに強い懸念を表明している。
韓国という国は「利害」よりも「好悪の感情」が優先する不思議な国だ。自由主義経済圏の一員でありながら「日本憎し」のあまり中国にすり寄り、陣営の足並みを乱すような行動をとり続けてきたのだ。
今回の「従軍慰安婦問題の合意」では、「恒久的かつ不可逆的な解決」を約束しなければならないなど、より韓国に大きな譲歩が求められると思われるが、それを呑んだ。
韓国の朴槿恵政権は、そこまで追い詰められているのだろう。経済的な状況に加え、アメリカの圧力も、抗いがたいものになっていたのだろう。

日本国内には「安倍政権が韓国に必要以上に譲歩した」と非難する向きもあるようだ。これまで韓国の言動を非難する体裁を繕って、自らの人種差別的な感情を満たしていた輩にとっては、その楽しみが奪われるのは残念なことだろう。安倍晋三に裏切られたという気持ちもあるかもしれない。
「従軍慰安婦」の問題は、ディテールは別として、大筋では日本に非があることは明らかだ。これをしっかりと認めないことで、国際社会での日本の信用は著しく損なわれてきた。
今回、安倍政権は、発足以来、初めてまっとうな判断をした。国際社会はこぞって今回の決断を称賛している。中国も嫌々ながら賛辞を送っている。
多少韓国に譲った部分があったかもしれないが、そのことで日本は雅量の大きさを内外に知らしめた。

本当の「安全保障」とはこういうものである。軍備を拡張し、緊張状態を作ることではなく、隣国との関係を緩和し、協調関係を築くことこそがリスクヘッジなのだ。
中国は、自陣に引き入れようとしていた韓国が、日本とよりを戻したことに衝撃を受けたはずだ。「安保法案」よりもはるかに実効性の高い外交政策だといえよう。

しかしながら韓国の状況は不透明である。
今のところ、朴槿恵政権の決断を、韓国社会はおおむね肯定的にとらえているようだが、従軍慰安婦やその支持者の強い反発が予想される。

韓国はついこの間、産経新聞ソウル支局長に対する「名誉棄損」裁判で、国際社会の信用を大きく損なった。
支局長が無罪なのは当然のことだが、ソウル地裁の裁判官は、判決の前に、韓国外交部から国際関係に配慮するよう要請があったことを読み上げた。また、判決後、控訴しないことを決めた韓国の検察は「日韓関係や、国際状況にかんがみてこの決断をした」旨発表した。
一見妥当なように見えるが、大変おかしなことなのだ。司法が、政治権力に影響を受けているのだから。民主主義の基本である「三権分立」が確立されていないのである。
韓国の政府も国民も、そのことの異常さを認識していないが、先進諸国にとって、これはショッキングなことだっただろう。
資本主義経済圏の一員であり、先進国でもあるはずの韓国が、中国やロシアと同程度の政治体制であることを露呈したのだから。

韓国は、民主主義体制になってから40年しかたっていない。民主主義のルールやモラルが十分に浸透しないうちに経済発展を遂げてしまったのだ。国民も、政権も本当の民主主義を実現するレベルに達していないのだ。
そのことは、韓国の知的レベルや民族的な資質に起因するわけではない。1905年から40年続いた日本の植民地体勢、そしてその後の軍事独裁政権によって、民主主義が育たなかったのが大きい。市民社会は全く成熟していないのだ。

韓国はそういう国である。公正なルールよりも、身内の論理や、感情的な好悪の情を優先する国なのである。また、国際社会からどう見られるかも十分に認識されているとはいいがたい。
今回の従軍慰安婦問題の最終解決の受け止め方も、日本や国際社会の認識と、韓国社会とでは異なっている可能性が高い。

特に日本大使館前の慰安婦像の撤去に関しては、韓国の人々の感情がめらめらと燃え上がる可能性もあろう。
たかが1個の銅像の撤去など、大した問題ではない、と思うのは、他国の感情だ。韓国の人々にとっては利害や理性的な判断よりも、象徴的な大義が優先するのだ。

あの像は「従軍慰安婦問題」のアイコンであり、これの撤去は問題の終結を意味する。
それを知っているから、安倍政権は、今回の交渉に当たっては、慰安婦像の撤去を第一に求めたと思われる。

「慰安婦像」というアイコンをめぐって、韓国の国論が大きく変わる可能性は大いにある。この像の撤去が、今回の問題の最大の焦点になると思われる。

しかし今回の合意は、国際社会が見守る中で行われた。
韓国民が感情的にこれを蒸し返すことで一方的に非難されるのは韓国である。これまでのように問題を蒸し返すわけにはいかない。そういう意味では、韓国は、この合意によって、これまでにない重い足かせをはめられたことになろう。

日韓国交回復から半世紀の年が明けた正月早々から、この問題は本格的に動き出すだろう。今後の展開に注視したい。


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