最近、私の子供くらいの若い人とお酒を飲んだり話をしたりするときに、言っていることがある。
それらの若い人は、ライターとかクリエイティブの世界で働きたいとか思っている人たちだ。
私は成功者でもなんでもないから、偉そうなことは言えないが、ただ一つだけ言えることは、自分で「これだけはやろう」と決めたことをやり通せない限り、展望は絶対に開けないということだ。
「人に頼まれたことを必ずやる」のは社会人として当たり前(それもできていない人がいるが、それはさておき)。自分のやりたいことを仕事にしようと思えば、誰からも依頼されていないことを、自分の意志でやらなければならないということだ。

私はそれを「ブラック人間」と言っている。ブラック企業は雇用者を、時間外労働やサービス残業させる。それは言語道断だが、何かをなしたいと思っている人は、自分自身を「ブラックな状況」に追い込まなければならない、ということだ。

眠たい時にも寝ない。遊びたいときにも遊ばないで、自分で決めたことをやる。

私の場合ブログだ。好きでやっているが、かなりの負担だ。ここ5年間、元旦から大みそかまで、一日も欠かさず毎日3本以上書いている。この間に2週間の入院をしたし、病気もした。海外も含め出張もさんざんやってきた。もちろん、それ以外の仕事もしてきた。
でも、ブログは書いてきた。
それをしないと道が開けないことを知っているからだ。ブログが書けなければ「死ぬ」と思って書いている。
私は、「ブラック人間」だと自覚している。
ただし、誰から言われたわけでもなく、私は自分の意志でやっている。好き好んでやっている。私自身には強制してるが、他人に強制しようとは思わない。

私は、「ブラック人間」だが、そうでなければ、世渡りができないとも思わない。

朝の出勤時間から退社時間まで働いて、家に帰ったらテレビの前に座ってビールを飲んで寝る、休日になれば家族で遊びに行く。そんな生活をしている人。
1年に1冊も本を読まない人。学歴もなく、いい会社に勤めているわけでもないが、日々、気楽な生活をしている人。
「ブラック」の対局という意味では「ホワイト人間」になろうか。
そういう人であっても、生活の保障があるのが、日本という国だと思っていた。
世間様に迷惑をかけない限り、「ブラック」だろうが「ホワイト」だろうが「健康で文化的な生活」を送ることができるのが日本ではないか、と思っていた。

ところが、そうではないらしい。

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仕事をさせていただいている関係上、毎週「週刊ポスト」を送っていただくが、毎号、曽野綾子が「昼寝するお化け」というコラムを書いている。
彼女は、シングルマザーが生活苦にあえいでいることについて
「人は、何ができるかで収入が決まる。たとえシングルマザーでも、能力が低ければ収入が低いのは当たり前だ。いくら子育てが忙しくても、能力を磨く時間はあるはずだ。そもそも独身時代に何をしていたのだ」
という趣旨のことを書いている。
曽野綾子は、頑張らない人は、生活苦に陥っても仕方がない。と書いているのだ。

83歳になるこの人は、若いころ絶世の美人だった。そして才女として知られていた。経営者の家に生まれ、東大出の三浦朱門と結婚。文才にも恵まれ、作家としても名を成した。
彼女はシングルマザーはおろか、生活に追われて働くような経験もしていないと思われる。
地を這うような生活苦のことなど全く知らないで、人に説教を垂れているのだ。

夫の三浦朱門は文化庁長官にもなったが、ゆとり教育の推進者の一人だったと言われる。
三浦は「教育はエリートを育てるためにある。質の悪い子供には、適当に教育を施してさっさと社会に送り出すべきだ。中途半端に教育をつけるから、お上にたてつくのだ。昔の庶民は、偉い人から指図をされたら素直にはいはいと聞くような実直さがあった」と発言している。
夫婦そろって、庶民を見下し、彼らに「分相応に生活せよ、貧乏人は貧乏のままでいよ」という考えを持っているのだ。

曽野綾子は世間の反発を食らっているが、「頑張らないものは、落ちぶれて当然」という考え方は、今の為政者の基本姿勢になっている。
橋下徹は教育に競争原理を導入しようとした。そしてエリート養成校により多くの予算を投下しようとした。
安倍政権も、一握りの成長企業を国家として支援する一方で、日本人が階層化することに歯止めをかけようとはしていない。国際競争力をつけるために必要という産業界からの要請で、非正規雇用を拡大している。これが諸悪の根源だ。
今や、貧困層は二世代目に入り、貧困の再生産が起こっているが、現政権はこれを深刻には受け止めていない。
参議院選挙を前にして、安倍政権は所得の低い年金受給者に一律3万円の給付金を送ること決めたが、これなど、貧困層を見下しているとしか思えない。

階層化しつつある今の日本では、富裕層は次第に貧困層のことを考えなくなっている。正社員は非正規雇用者を見下すようになっている。このような社会では、経済発展に伴うトリクルダウン効果は期待できない。日本国民の同胞意識は薄れつつあるのだから。

私は「怠け者でいても、普通の生活ができる」国こそ、良い国だと思う。必死になって働かなければ生活水準が維持できないような国は、良い国とは思わない。また一度ドロップアウロすれば、這い上がることができない国も良い国とは思わない。

「一億総中流社会」は悪い言葉のように言われているが、それは日本がかつて「良い国」だったことを表現していたのだと、いまさらながらしみじみと思う。

そろそろ本屋さんに並んでいます。ぜひお求めを。