拙著「ふつうのお寺の歩き方」日本図書館協会選定図書に選ばれました。
2月の後半、東大寺の二月堂に続く坂を上っていて、搭頭の宝珠院を覗くと、青竹が長いままで立てかけてあった。

修二会に使う籠たいまつだ。
このお寺には、専用の架け台が設けられている。竹は根の部分から丸く掬い取られている。
長さ6mあまり。この根つきの竹の先端に、杉葉やヘギ、杉の薄皮を籠状に組み上げて籠たいまつが作られる。

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籠たいまつは、3月1日から14日までに、141本があげられる。宝珠院のはその一部だ。
竹にはこれを伐り出して奉納した人の住所や名前が墨で書かれている。一本一本に所以があるのだろう。

二月堂は、お水取りの準備が進んでいた。本堂前の斜面や階段の周囲に竹矢来が組まれている。
間もなく、籠たいまつが出来上がり、二月堂の軒下につるされる。
こういう形で、修二会=お水取りは始まっていくのだ。

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東大寺のお水取りは、日本で最も格式が高く、謂れも深く、美しい年中行事ではないかと思う。
前年暮れに、東大寺の僧侶の中から修二会に参加する僧侶=練行衆11人が発表される。
練行衆は2月20日から準備期間=別火に入る。
3月1日から本行、12日には大たいまつが11本上げられ、その深夜に若狭井から観音に供える「お香水」を汲み上げる儀式=お水取りが行われる。

今日、3月5日は752年にこの大きな宗教行事を始めた良弁(東大寺開山)以来、現在に至るまで、東大寺にかかわったすべての人の名を読み上げる「過去帳の読み上げ」が行われる。聖武天皇、光明皇后、空海、重源、公慶などなど、歴史上の人物が延々と読み上げられる。
このなかに「青衣の女人」という不思議な名前が出てくる。
以下、東大寺のHPから

鎌倉時代、承元年間(1207-1211)に修二会中、集慶(じゅうけい) という僧侶が過去帳を読み上げていたところ、その前に青い衣の女性が現れ、「何故わたしを読み落としたのか」と、恨めしげに問うたという。 集慶がとっさに低い声で「青衣(しょうえ)の女人」と読み上げると、その女人は幻のように消えていった。

古いお寺には、忘れ去られた人々の歴史が幾重にも染みついている。
古いお堂に入ると、胸が締め付けられるような思いがするときがあるが、それは、そういう古い時代の人々の念が澱のようにわだかまって、生身の人間に作用をするのかもしれない。

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日本でも法隆寺などに次ぐ古い歴史を持つ東大寺には、ふつうのお寺の何百倍もの人々の思いがこもっているはずだ。
その念が中世に「青衣の女人」という女性の姿をとって現われたのかもしれない。
彼女の人生はどんなものだったのか。東大寺とはどんな縁があったのか、考えるだけで香華がにおい立つような気がする。
そんな逸話が「謎」のままに、現代まで伝えられていることも味わい深い。

今日も、二月堂の前の斜面の竹矢来の前には、プロやアマチュアや、腕自慢のカメラマンがひしめいていることだろう。
毎年、この場所はだれそれと、カメラを構える人が決まっていると聞く。入江泰吉、土門拳の2大巨匠は、特別の場所を与えられていた。今もその弟子筋のカメラマンが集まる。

私は行列と名の付くものは大嫌いだし、アマチュアカメラマンも気に入らないから、お水取りは絶対に見に行かないが、それほど遠くない土地から、「青衣の女人」に思いをはせている。

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