大阪市立茨田北中学校の寺井寿男校長が、自身の「2人以上出産」発言の責任を取って、退職することになった。
この人物は、2月29日の全校集会で以下の要旨の話をした。

女性にとって最も大切なことは、こどもを二人以上生むことです。これは仕事でキャリアを積むこと以上に価値があります。
なぜなら、こどもが生まれなくなると、日本の国がなくなってしまうからです。しかも、女性しか、こどもを産むことができません。男性には不可能なことです。
子育てのあと、大学で学び医師や弁護士、学校の先生、看護師などの専門職に就けば良いのです。子育ては、それ程価値のあることなのです。
もし、体の具合で、こどもに恵まれない人、結婚しない人も、親に恵まれないこどもを里親になって育てることはできます。男子も何らかの形で子育てをすることが、親に対する恩返しです。
子育てをしたら、それで終わりではありません。その後、勉強をいつでも再開できるよう、中学生の間にしっかり勉強しておくことです。少子化を防ぐことは、日本の未来を左右します。
やっぱり結論は、「今しっかり勉強しなさい」ということになります。


全文を読んで、「これのどこがおかしいのか」という意見も出ているようだ。確かに女性蔑視でもなく、男尊女卑でもないと読むことも可能だ。

しかし、この発言は、やはりおかしい。

この話を聞けば、多くの大人は
「そんなことくらいわかってる!それができないからみんな苦しんでいるんじゃないか」
というだろう。

今の世の中は昔と違って
「一生懸命頑張っていれば、人並みの生活ができる」
という時代ではない。

そもそも、ふつうに学校を出ても、まともに就職することが難しい。正社員が減っているからだ。
日本の非正規雇用率は40%を超えている。非正規雇用は、契約が不安定なうえに所得も低い。フルタイムで働いても、結婚したり、子供を産んだりすることが難しい。

母親が子供を二人生んで、夫の手助けがあるにしても、子育てに専念するためには、夫に十分な収入と時間がなければならない。

死ぬ気で働き、死ぬ気で子育てすればそれでも子を二人育てることは可能かもしれないが、相当厳しいはずだ。
ネグレクトや子供の虐待などの多くは、こういう家庭で生まれているのだ。

また、奨学金を借りている大学生も50%を超える。こういう大学生が、就活に失敗して非正規雇用になれば、結婚も「子供二人」も、極めて難しくなる。

「二人生みなさい」と言われても、多くの若者世代は、その前に「生活しなければ」という大前提があるのだ。

貧困の再生産が進んでいる。親が貧困層の場合、ほぼ確実に、子供も貧困層になる。そういう家庭では、就学も就職も、結婚も厳しい。

そういう世の中になっていることは、もう常識のはずなのだが。

大阪市鶴見区茨田という地域は、富裕層の多い地域ではない。小さな集合住宅も多い、町工場も多い。
この校長の話を聞いていた中学生の中にも、貧困層の家庭がたくさんあったはずだ。彼らの中にはすでにそのことに気が付いている子供もいる。
彼らは校長の「正しいが残酷な話」をどう聞いただろうか。

この校長は、恐らく「生活の危機」は一度も経験したことがないはずだ。
職を失う恐怖、収入がなくなる恐怖、そして働いても働いても仕事が終わらない恐怖は感じたことがないはずだ。大変な時もあっただろうが、それは「生活危機」とは別種のものであったはずだ。

校長は「世の中のことについて、子どもたちに教えてやらねば」と思っていたかもしれないが、実際は、子どもたちよりもはるかに世の中の動きに疎かったのだ。

いわば周回遅れで走っているにも関わらず、列の先頭にいると勘違いをしていたのだ。

そういう大人が少なからずいる。そして、善意のつもりで心無い発言をする。多くは、正社員や行政職員で、生活の危機など感じたこともない人たちだ。

曽野綾子は仕事をしながら子育てをする母親に、
「四畳半一間で辛抱する気なら、母親が働かなくても生きていけるはずだ」と言い放ったが、これなど何周遅れで走っているのかと思う。

もはや「まじめに働いていれば、まっとうな生活ができる」世の中ではないのだ。

そのことがわからない「周回遅れ」は、年齢にかかわらず世の一線から身を引くべきである。

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