「そうはいっても、マスメディアの数が多すぎるじゃないか、あんなにたくさんいるのか」
という声も聞こえてくる。



マスメディアに所属する人からも、「被災地への取材は、合同チームを作って一つにまとめるべきではないか」という人が出てきている。
しかしそれは、メディアの自殺行為である。

報道の一本化は、報道規制と同じである。日本の報道を中国と同じようにすることを意味している。

一つだけの視点、一つだけのものの見方で報道をすることになれば、為政者や行政は、自分たちに都合の良い情報を流すように規制をかけることが容易になる。一つになった窓口を抑え込めばいいからだ。
様々な角度から被災地の実情を情報発信することができなくなる。

日本が戦争をしていたころ、戦場の取材は自由ではなかった。各社が軍部の規制を受け、その範囲内で報道をした。
その結果、日本軍の報道は「連戦連勝」ということになり、日本軍が悲惨な敗走を続けていることは、多くの日本人に伝わらなかった。もちろん、そこで起こっている惨劇も伝えられなかった。

報道の一本化は、報道規制につながる。そして我々に、真実が伝わらないことにつながる。

それは安倍政権や自民党だからそうなるという話ではない。政治家、政党はどんな思想信条を持っていても、権力の座につけば、情報規制をしたがるのだ。その方が自分たちの政策を遂行しやすくなるからだ。

私は、今回の熊本大震災について、メディアの数が多すぎるとは思わない。

今回の地震の被災地は、熊本から大分、さらには宮崎にまで広がっている。被災者も10万人に近い。
それらの被災地、被災者をカバーするには、大量のカメラと記者が必要だと思っている。

同時に、一つの方向性ではなく、様々な視点からの報道があってしかるべきだと思っている。
その方が、被災の実態がより立体的に把握できからだ。
被災地で起こる様々な出来事を、記録し、発信することは本当に大切なのだ。

ではなぜ、多くの人が、「マスメディアの数が多すぎる」というのか。

それは、メディアが、同じ場所から同じような報道しかしないからだ。
どの局のニュースも、似たような場所で、似たような境遇の人から、似たようなコメントを取っている。
不謹慎な言い方だが肉親を失った人は「悲しい」というだろう。それは聞くまでもない。ジャーナリストは「悲しい」と言う言葉を引き出すのではなく、その奥にある事実を究明しなければならない。

しかしそうはしないのだ。どの局を見ても、既視感、既知感のあるニュースしか流れていないから、多くの人が「マスメディアはこんなにいらない」と言うのだ。

ふつうの業界は、競合する企業は、他社と違う商品を作って販売し、差別化を図る。

しかし新聞やテレビは、すべてが横一線で同じ報道をする。
差別化ではなく、似たような報道をすることで、競争をしなくて済むようにしている。
「特ダネ」もない代わりに「特落ち」もない緩い環境を作り上げている。

政府御用達の産経、讀賣から、反政府系の朝日、毎日、東京あたりまで、同じような報道をしている。新聞の系列であるテレビも同じだ。「記者クラブ」という「情報談合組合」が長く続いたために、彼らは競合することを忘れてしまったのだ。

そして、新聞社は自分たちでニュースを見つける能力が衰えてしまっている。
問題意識や、鋭い感覚も無くなっている。その代わりに「読者、視聴者が何を求めているか」に対する感覚が鋭くなっている。
本来、震災のような非常事態では、新聞やテレビは「伝えなければいけないもの」を自分たちで考えて取材をし、報道しなければならないが、彼らは「お客さんに受けるもの」を提供しようという意識で報道をする。
そのために「悲劇」「救出劇」「いい話」などを小手先の取材で捏ね上げようとする。
だから、災害報道が画一的になり、実質的にほとんど役に立たないものになるのだ。

ジャーナリズムに健全な競争意識と使命感があれば、
「あそこはあの新聞社が入っているから、うちはここでいこう」
「だれも報道していないが、これは絶対に伝えるべきだ」と独自性のある情報発信が行われるはずだ。

しかしそういう骨のある報道は見られなくなった。

多くの人々が「被災地報道に群がるマスメディアは、多すぎる」といっているのは、あれだけたくさんのメディアが駆けつけながら「報道の広がりが無さすぎる」からなのだ。

「被災地報道は一本化すべきだ」という声が起こるのは、メディアがちゃんと仕事をしていないからだ。

関西テレビや毎日放送の取るに足らない不祥事、マナー違反が、まるで大悪事のように喧伝されるのは、ネット民の醜悪さゆえだ。彼らは正義でもなんでもない。

しかしそれにマスメディアが反論できず平謝りするのは、彼らが、確たる方針も、使命感もなく「客受けを狙って」お仕事をしているからだ。信念がないのだ。

「私たちが被災地から発信している情報は、絶対に必要なものだ。救援活動と同じくらい大事だ」
と胸を張って言えるような本当のマスメディアが生まれない限り、この国の将来は闇である。

saigai


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