石田純一のよくわからない「出馬するかも会見」を見て、世も末だと思った。


「野党が統一候補として担いでくれるなら、東京都知事に立候補する」と言ったのだ。
確かに今の野党は、能力でも、期待値でも戦後最低と言って良いと思う。惨敗や不戦敗を繰り返した挙句、人材が払底している。
自民系に勝つために統一候補を立てる必要性はあると思うが、その神輿の上に、なぜ政治経験が全くない自分が乗っかることができると思ったのか。

知名度?スター性?カリスマ性?

多くの日本人は、石田純一と言えば「不倫は文化だ」と言った芸能人と言う以外の知識をほとんど持ち合わせていない。それに次いでは「靴下を履かない男」だろうか。
そもそも役者なのか?代表作は全く思い浮かばない。

祖父が政治家、父は有名なスポーツアナで、本人もジャーナリスト志望で早大に行ったことなど、後付けで知ることはできるが、それは石田純一の属性とは認識されない。

女性にだらしなくて、いい年をして女性の尻を追いかけまわす、軽薄な男。
さらに言えば、せがれのいしだ壱成も、スキャンダルには事欠かず「親も親なら子も子だ」というのが、ごく普通の印象ではないだろうか。

そういう人が芸能界で、いろいろやってくれる分には、何ら問題はない。動物園の動物のように、オリの中で好きに生きるのを見物するだけだ。

しかしその人間が「人の上に立ちたい」と言ったのだ。確かに石田純一は、SEALDsの集会で「戦争は文化じゃない」と言った。世の中を良くしたいという気持を持っているのはわかった。
しかし、「身一つ持ちかねる」ような男に、都民の生活など託することができるとも思えない。

石田は会見で、橋下徹の名前を出し「政治経験が無くても、素晴らしい仕事をした人もいる」と言ったが、橋下は弁護士であり、抜群のネゴシエイターだった。
そもそも橋下は改憲論者のポピュリストであり、石田が手本にすべき政治家とは思えない。例に挙げるも愚かだという感じがしてくる。

この男は「自分が愛されている」と信じて疑わないのだろう。
今年になって主に「文春砲」など週刊誌によって、宮崎謙介、川谷絵音、乙武洋匡、三遊亭圓楽などの著名人の不倫が次々に明らかになり、何人かは失脚している中で(おまけに前都知事舛添要一も不倫の大家だった)、「不倫の本家本元」のような石田純一が、なぜこのタイミングで政治家になれると思ったのか、気味が悪いほどの鈍感である。

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今は「人が見ていなければ何をするかわからない」人間に政治を託することができるような牧歌的な世の中ではない。

こんな人間が泡沫ではなく、一部に有力な候補とみなされている。それほど人材は払底している。

石田純一が都知事選に出る可能性はあまりないと思う。スポンサーやクライアントを失って、そのまま失脚するだろうが、こういう不毛なドラマが繰り広げられるほどに、今の日本は低迷しているのだ。


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