私は他の人と旅行に行くときなど、「いびきをかきますんで」と1人部屋にしてもらうことが多い。確かにそうなのだが、他の人と同室では寝つきが悪いということもあって、少々ずるい言い訳をするのだ。

いびきはかくが、人並みでしょう、と思っていた。

昔、上方落語界に林家染丸(先代)という大師匠がいた。
でっぷりと太った恵比須顔で、声を粘らせてもっちゃりした言葉遣いをするいかにも上方落語らしい大師匠だった。
この人のいびきが大層うるさかったらしい。
「そんなことあらへんがな」と言い張るので、弟子たちがそのころ出回ったテープレコーダーを用意して、師匠のいびきを録音した。
で、何食わぬ顔で染丸に
「師匠、何の音やと思います?」と録音を聞かせたら
「どこぞの海岸やなあ、波の音が激しいがな」
と言ったという。

今、岡山でインターハイの取材をしている。この時期、インターハイに加えてアートフェスティバルもあって、宿が取れなかった。
そこで岡山からはかなり離れた玉野というところで和風の宿を予約した。
部屋は畳敷きで、ふすま一枚隔てて隣室だ。

私はここに5泊しているが、宿泊客はほとんどが外国人。白人の夫婦連れ、家族連れだ。なれない浴衣にそでを通してうれしそうだ。

この部屋で、薄い布団で寝ていたのだが、初日、真夜中に隣室から女性が何事か叫ぶ声がした。
ラテン系の言葉のようだ。夫婦喧嘩でもしているのか、と思ったが。

次の日、今度は反対側の部屋で柱をたたくような音がする。しばらくするとまた柱をたたく音。

これは、と思って持参しているICレコーダーをまわして寝入ったのだが、

朝起きて聞いてみると、すさまじい音が録音されていた。

染丸師のいう海岸の音ではない。バイクの空ぶかしのような音が断続的にする。ワンパターンならいいのだが、ときどき静かになって、今度は「ばがーん」と何かが破裂するような音がする。
なんとなく覚えがあるが、口の中に吸気がたまって唇を圧迫し、爆発するように吐き出しているのだ。
それ以外にも一晩中、いろいろな音をさせながら、私は寝ているのだった。

朝起きて、外国人と顔を合わせ「グッモーニン!」と言ってもろくにあいさつもしてもらえないのは、こういうことであったか。

私はこの宿に5泊するが、外国人たちは朝、港の船に乗って瀬戸内の島に渡っていく。隣室の客人は日替わりなのだ。
だから何とかがまんできるのだろう。

宿の人に「いびきをかくのですが」と言ったら、「外人のお客はそんなの平気です」といったが、そうなのだろうか。国際問題に発展しないだろうか。

そう思いつつも何も打つ手がなく、今夜も酒を飲んで寝入るばかりである

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話と直接関係はありません。


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