「野球の記録で話したい」で長時間、休まない部活の問題を指摘したが、会社の「長時間労働」の問題も、同質なのだと思う。

電通の女子社員が130時間もの残業をした挙句に自殺した事件から、長時間残業が問題になっている。
しかし、前にも述べた通り、「残業するな」というだけで問題は解決しない。

安倍晋三政権はポピュリズム政権だから「結果」を性急に求めようとする。電通の社長を退任させ、企業に圧力をかけて残業をやめさせようとしているが、それはトランプが築くメキシコ国境の壁と同様、ほとんど効果がない。
本質的な問題の解決に取り組まず、表層的な現象だけをとらえて無理やり抑え込もうとしているからだ。

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「長時間残業」「長時間労働」は、日本の企業文化に根差している。

製造業やセールス業には「時間単価」という考え方がある。単純に言えば「売上÷労働時間」だ。限られた時間でモノをいくつ作ったか。いくつ売ったかの基準だ。
そうして導き出された数字と、自分の時給を比較すれば、その人の貢献度がわかる。業種にもよるが、普通は「時間単価」は「時給」の3倍以上あるのが望ましい。

今のホワイトカラーでは「時間単価」は導入できない。総務、経理など間接部門はもとより、企画や営業などの部門も「売上」が算出しずらいからだ。管理職の業務も「売上」に換算しずらい。
その上に、日本のホワイトカラーは年功序列だ。同じ仕事をしていれば、社歴が長い年長者の方が「時間単価」は悪くなる。
そもそも日本のホワイトカラーには「効率」という概念がないのだ。そういう客観的な基準がないから、社員の評価は主観的で、感情の絡んだものになる。

長く会社にいて、何かしら仕事をしている(ように見える)社員は、上司には好ましく見える。「会社が好きに違いない」と思われる。忠誠心も高いだろう。
部活もそうだが、私事、プライバシーを犠牲にして、公事(会社や部活)に打ち込む姿勢も麗しい。
私は会社員時代「お前はなぜ定時に帰るんだ、みんなまだ仕事してるじゃないか」と叱られたことがあるが、そういう同調圧が働くのだ。

反対に言えば、仕事をてきぱきとさばいて、さっさと帰る社員は、他の社員の効率の悪さや無能さを露呈させるという意味で、誠に都合が悪い。そういう社員は「職場の和」を乱す。

これをひっくり返さないと。

一部の会社ではやっているが、仕事の効率を上げ、過剰労働をやめさせるためには、各部門、各部署の仕事を細分化して評価し、標準的な達成時間を割り振って配分すべきだろう。そのうえで、ホワイトカラーも「時間単価」で管理するべきだろう。
そのうえで、集中的に仕事をする必要があれば、残業をしたっていいと思う。

今のまま「残業はまかりならぬ」と政府が締め上げると、
「お前はお前はなぜ定時に帰らないんだ、みんな帰っているじゃないか」と𠮟りつける頭の悪い上司が出てくるはずだ(もう出てると思うけど)。

長時間労働の問題は、仕事の問題、会社の仕組みの問題だ。さらに言えば、日本人の「仕事観」の問題だと言えるのではないか。


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