桂枝雀の「くっしゃみ講釈」には「鋳掛屋のおっさんが、軍艦の注文を請け負った」という言葉がでてくる。
手に余るような予想外の大仕事を引き受けて、興奮のあまりそっくり返っているような様のたとえだ。今のトランプは、そういう状態ではないのか。

ドナルド・トランプは実業家で、政治経験も、官僚の経験も、軍隊経験もない。だから異例だと言われているが、一般的な意味の実業家であれば、政治の世界でも手腕を振るうことはできよう。

事実、実業界から政治の世界に転じて活躍した人はたくさんいる。
すぐに思い出すのは、ロバート・マクナマラだ。ハーバード出のMBAだが、第二次世界大戦中、陸軍航空隊で対日戦略を企画し、日本を焦土化した。
戦後、フォードに転じて社業をV字回復させ、その手腕を買われ国防長官としてベトナム戦争を指揮した。
軍隊時代は物流作戦に手腕を発揮したが、その経験生かしてフォード時代はマーケティングを飛躍的に向上させた。プラグマティズムにもとずくマネジメントは、ビジネスでも政治でも通じる部分があるのだろう。

日本では土光敏夫を思い出す。土光は石川島播磨重工業の経営者から、東芝に転じ、これを再建させた。この手腕を買われて中曽根内閣で行われた行政改革の旗振り役として第二次臨時行政調査会長に就任、国鉄民営化などの道筋を作った。機構改革の手腕は、会社も国も同じだったということだろう。

今まで実業界から政治の世界に転じて成功した人の多くは実務家肌だった。組織を動かすにはどうしたらいいのか、目標を立ててそれを遂行するためにはどんなマネジメントが必要か、考え、実行する能力に優れていた。

しかしトランプは、経営者と言っても実務家肌ではない。不動産屋として、自らの資産を最大限の価値で売却し、その転売益で大きな投資をして更に大きなビジネスを展開していく。
「自分を大きく見せること」「勝ち組だと思わせること」によって、大きな金を集めてきた。実質的な価値評価ではなく、期待感で膨れ上がってきた人だと言える。最近のベンチャーには多いタイプだ。

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私は短期間、ベンチャー経営者の下で働いたことがある。賞をもらうくらい有名な経営者だったが、その実態はうすら寒いものだった。
その会社で営業部長だの、広報部長だのの肩書をもらったが、やっていたことは投資家やメディアがきたときに「忙しそうにする」「儲かっているようにふるまう」ために、社員を動員することだった。
実際には投資を集めて、会社を維持し、さらなる「虚構のビジネス」を作るだけだった。まさに自転車操業、走り続けなければ倒れる、そんな状態だった。
その経営者はキャッチ―な言葉を作る天才だった。また、仮想敵を作って、それを叩いて注目を集めるのも大好きだった。

トランプもそういう経営者なのだと思う。彼の資産は流動的で、常に投資を必要としている。止まると倒れてしまうようなものだろう。だから利益相反を回避するためにトランプグループの事業を売却しようとしても売り手が付かなかった。息子に継がさざるを得なかった。

今のトランプは、これまでビジネスの世界でやってきたのと同様、国民に期待感を抱かせ、その追い風でアメリカを動かそうとしている。実態はなく、言葉で国を動かそうとしている。
しかし、政治、国家は常に実態を伴っている。それを押し隠して国を回すことはできない。

本来、先進国の「政権交代」とは、政治システムの交代であり、巨大なマネジメント機構の転換だったはずだ。しかしトランプは、システムを動かす手腕、能力を持たず、イメージだけで国を回そうとしている。単なる「言葉」「空気」だけで、アメリカを変えようとしている。そんなことが可能なのだろうか。

私が勤めたベンチャー企業は、私が辞めて半年後に潰れた。資金繰りが悪化したのだ。当初、支援企業を見つけるために金融機関が乗り込んでデューデリジェンスをした。
そのときに、銀行から問い合わせがあった。私は実態として売り上げがほとんどないこと。企業の投資は事業ではなく、従業員の給料や経費で消えていたことを率直に話した。
果たして、その企業には実態がなかったことが明るみに出た。社長は雲隠れしたが、筋の悪い投資家からも金を出させていたため、拘束されたと聞いた。
そういう経営者だけではなく、期待感を高めて集めた投資をうまく事業につぎ込んで、成功するベンチャーもあるだろうが、ひとたび歯車がうまくまわらなくなると、一気に破たんする危うさを常に持っているのだ。

国をベンチャー企業と一緒にはいかないだろうが、トランプのような虚業家が、世界最大最強の国家を動かすことなど可能なのだろうか。
破たんするなら早々にそうなってほしい。下手に悪あがきをされると、それこそ地球が滅びてしまうだろう。


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