「日本焼きそば論」、他意はない。ちょっと大層に言いたかっただけだ。焼きそばというのは他のジャンク系と比べても、食す側のハードルが非常に低い。
例えば、お祭りの縁日などで売っている焼きそばは、鉄板の端っこに作り置きをつくねておいて、注文があれば人数分だけ鉄板の真ん中で炒めなおしてパックに入れてくれたりする。
麺はくたくた、具もしなしなだ。炒めすぎて麺が短くなっていることもある。でも、だからといって文句を言う人はいない。そんなもんだと思っている。

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味にもうるさくない。ソースの味がすればそれでいい。
もともと期待感がないから、少々不味くてもかまわないし、麺が切れたっていい。ビールで流し込めば食べた気になるものだ。

そもそも「焼き」にさえこだわっていない。焼きそばと言いながら、日清焼きそばなどは、湯がいて粉ソースをからめるだけだった。昭和40年ころのCMでは「日清焼きそば焼こう」と言っていたが。UFOもペヤングも看板に偽りありで、焼いていないのだ。

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それでもいいのである。発泡スチロールの器からもそもそとすすり上げるのが、メタボ男子には最高なのだ。

お好み焼き屋では、お好み焼きの相棒だが、ここでも大きな期待感はない。もう少し具材が豪華であってほしいが、粉もんにはうるさい関西人も、それほど気にしていない。

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実は私は、焼きそばには割とうるさい。美味しい焼きそばを食べたいという思いを常に抱いている。

阪神大震災前の話だが、神戸の王子公園の近くに「王子」というお好み焼き屋があった。おばちゃんが一人でやっていたが、すじ牡蠣の焼きそばが絶品だった。私は近くのQBBチーズがクライアントだったので、行くたびにすじ牡蠣のお好み焼きと焼きそばを食べていた。当時としては結構高くて、合わせて2000円くらいしていたと思う。
ソースはそれほど甘くなかったうえに、三杯酢のようなものを仕上げにかけていた。さっぱりとした後口だった。

その焼きそばを食べてしみじみ思ったのは、「焼きそばは麺だ」ということだ。「王子」は、麺が素晴らしくおいしかったのだ。だから、すじや牡蠣などうるさ型の具材にもよくあった。
焼きそばの「おいしい麺」とは「生しい麺」だ。「生々しい」ではない。「生しい」だ。お分かりだろうか?生ではない、しかしアルデンテでもない。その中間。麺の断面の角っこの触感があって、腰もある。そういう麺だ。
王子は震災後、店を閉めたようだ。

以後、なかなか出会わないが、そういう焼きそばが食べたいと常に思っている。


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