今日の宮迫、田村の会見を聞いて思い出したのは35年ほど前の出来事だ。
人気絶頂だった西川きよしが、落語家には上方落語協会があるのだから、我々漫才師も上方漫才協会を作りたいと吉本興業に相談したことがある。すると、吉本の幹部は
「そうか、それやったらスケジュール真っ白にしたるから、それだけやったらどうや」
と答えた。きよしは声もなく引き下がった。
こういう身も蓋もない言い方をするのが吉本という会社だ。
「お前が記者会見をするのなら、みんな首や。俺にはその権限がある」という岡本昭彦社長の物言いも、同じ文脈だろう。
芸人の多くは、吉本のそういう酷薄な部分にふれて粛然としたことがあるはずだ。

吉本興業は、芸人の立場に立ったことなどない。
1979年、Wヤングの中田治雄が、賭博で借金を作り、楽屋にやくざが押し掛けるようになっても、吉本は中田を守らなかった。その挙句に中田は自殺する。
吉本新喜劇の人気役者だった伴大吾、谷しげる、淀川五郎らも、借金苦の挙句に失踪した。

吉本はこうした悲劇もすべて芸人に押し付け、切り捨ててきた。6000人と言われる傘下の芸人の大部分にも、身分保障も経済補償も一切せず、売れれば使う、売れなければ捨てる。会社にとって都合の良い存在だった。たかが芸人が、という意識が常にあったのだろう。

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今回の事件で、吉本の大崎洋会長がインタビューに応えたが、非常識に安いギャラについても、契約書のない契約についても、一切改める気がないとしていた。今回も、宮迫を切り、田村を切り、それでも足りなければ累が及んだ芸人を全部切って逃げおおせるつもりだったのだろう。

しかし今の芸人は、生活水準も上がり、付き合う人間も変わってきている。リテラシーもある。彼らを昔の「芸人馬鹿」だとなめ切っていた吉本興業の傲慢だろう。

この記者会見のインパクトは甚大だ。ビートたけしは「芸人は猿回しのサル。サルが人を噛んだら猿回しが謝るべき。サルに謝らせるな」と言った。
松本人志以下の芸人は、難しい対応を迫られる。「本音を言うこと」で支持を得ている彼らが、保身に回って会社側に阿れば、批判を浴びるだろう。しかし、相手にするには吉本はあまりにも大きい。

吉本は「こてこての大阪」を象徴してきた。えげつない金儲けも「ギャラより高い交通費」と歌われた芸人の酷使も、「大阪商人のがめつさ」であり、大阪らしさだといわれてきた。そのことに不満を持っている大阪人は多い。大阪はもっと繊細で、洗練された街であり、深い世間知を湛えた社会だ。
戦後に台頭した吉本が、大阪のイメージを醜くゆがめてきた。個人的にはこれがきっかけで、なくなってもいいと思っている。


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