昔あって今はないものの一つに「学者出身、あるいは学者肌の政治家」があると思う。
戦前には「末は博士か大臣か」という言葉があったが、頭が良くて勉強ができる子は中等学校から高等学校、大学と進み、学士となり、企業や行政の幹部になったものだ。それを「出世」と言った。
そうした栄達をした人の中から、政治家が生まれた。そして政治家と机を並べていた人の中から学者も生まれた。

ことの良し悪しは別にして、昔の政治家は学者に匹敵する重厚な知性の持ち主が多かった。
安倍晋三の祖父である岸信介は「東京帝大始まって以来の秀才」と言われ、文化勲章を受章した憲法学者我妻栄と卒業席次を争った。昭和の時代は、学者と同レベルの知性を持つ政治家がたくさんいた。総理大臣で言えば、宮澤喜一あたりが学者肌の総理大臣の最後ではないかと思う。

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学者出身、あるいは学者と同レベルの学績がある政治家は、学問に対する畏敬の念がある。物事の判断においても慎重で、事の真相をよく見極めてから判断しようとする。そのことが判断を遅らせたり、優柔不断に見えたりすることがあるが、そうした慎重さこそがリスク回避の最高の方法論でもあった。
学者肌の政治家と高学歴の政治家は似て非なるものだ。
私は8年ほど前、ある学習塾の記念誌の作成のため、その塾出身者で東大、京大に進んだ成功者のインタビューをしたことがある。その中には学者も実業家も政治家もいた。際立っていたのは前原誠司など政治家の「勉強の仕方」だった。彼らは「大学に合格すること」を第一に考え、極めて要領の良い勉強をしていた。学問をするためではなく、高学歴を得るための目的として勉強をしていたのだ。

21世紀以降、学者の匂いのする政治家は激減し、高学歴であっても「学問への畏敬の念」がない政治家が主流を占めるようになった。

小泉純一郎、麻生太郎、そして岸信介の孫である安倍晋三はその典型だろう。安倍総理は答弁でしばしば幼稚な誤読をし、学生時代、あまり勉強してこなかったことを露呈した。
銀の匙を銜えて生まれてきた彼らの父祖には立派な学者肌もいたが、これらの総理は学問に対して理解が浅く、時として軽んじることが多かった。

これら新自由主義的な政治家の多くは、学問の成果、結果の果実を得たいとは思うが、そのプロセスや思考については等閑視する。本当のところは「難しいことが理解できない」のだが、それを覆い隠すために「軽視している」ふりをすることが多い。

反知性主義、学問に対する否定的な感情は、新自由主義と密接に関係しているのだ。

現宰相、菅義偉も当然、その系譜に属する。学術会議の件に関して、菅総理本人が6人を選出しなかった理由を説明しないのは、説明できないからだろう。6人がどんな業績を持ち、何が駄目で選ばなかったを理解していないからだろう。
さらに言えば、6人を選出しないという決断が、自分の判断によるものでないことも大きい。

日本学術会議の今回の決断は、安倍晋三前首相の差し金だろう。菅総理にとって何のメリットもない今回の判断は、そう解釈しなければ、説明のしようがないのだ。

日本学術会議は国の予算規模で10億円という極めて小さな組織だ。その影響力も微々たるもので、国家に対して何ほどの力も持ち合わせていない。自分の学問に没頭したい学者たちにとって、日本学術会議は煩わしく感じることこそあれ、重要でも何でもない。しかしこれを恫喝することは、世間知らずの学者を委縮させるうえで大きな効果がある。

さらに言えば、安倍晋三の差し金の背景には日本会議があるだろう。この団体は日本学術会議よりもさらに小さい微々たる組織で、実質的な安倍晋三ファンクラブだ。日本会議には日本学術会議に相手にしてもらえないレベルの学者が何人か所属しているが、彼らの嫉妬心もあって、日本学術会議に嫌がらせをさせたのだと思う。
ちなみに日本会議を最も過大評価している国は中国だ。中国の英語国際放送のCGTNは、何度も安倍政権の背後には日本会議があり、彼らが日本を牛耳っていると報道した。実際の日本会議は神社本庁の乗っ取りにも失敗した同好会レベルの組織ではあるが。

一連の出来事は「日本政治の貧困」を浮かび上がらせた。
私などは、“この程度の人々”が日本を動かしている、という失望を感じる。この度の新型コロナウイルスへの対応では、日本政治は「物事を冷静にとらえて対処する」知性に欠けていることを露呈した。場当たり的で、しっかり設計することができなかった。
専門の学者は傍らにいたが、政権に彼らの見解をしっかり理解する知性はなかった。

それでも日本の新型コロナウイルスの被害が深刻にならないのは、150年にわたって日本の教育が築き上げてきた日本人の公徳心や知的レベルの高さが大きいと思うが、学問や本格的な知性を軽視する政権が今後も続けば、日本人の劣化は避けられないだろう。


榎本喜八 安打あれこれ

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