hibikore
「生活保護」という言葉を聞いて、すぐに思い浮かべるのは「よっぽどのことやな」ということだ。

高度経済成長期に、大都市近郊の住宅地で成長したので、周囲に「失業」「失職」した人はほとんどいなかった。
 

駅の近くのごみごみした集合住宅に住んでいる人などで、仕事がなくて生活保護を受けている人もいたようだが、祖母などは「よっぽどのことや」と繰り返していた。


その「よっぽどのこと」には、微妙なニュアンスが重層的に重なっていた。まだ少しはいた「肺病やみ」や「アルコール中毒の労務者(万博の時に地方から流れてきた人など)」、そして口には出さなかったが「部落」「半島出身者」なども含まれていたことだろう。そうした人々にクロスする形で「やくざ」も含まれていた。


市役所の福祉課の役人は、いつも生活保護をめぐって、ややこしい人たちと、ごちゃごちゃと折衝していた。昼間から酒を飲んでいるような男が、福祉課の窓口にきて大声を上げることもあった。要するに、生活保護とはそういう連中も受給していたのだ。


私の祖父母は空襲がはじまって大阪府下から親戚を頼って郊外に疎開してきた。食べるために駄菓子屋をはじめ、苦労しながら母を含む
4人の娘を育て、“上の学校”にやったのだ。生活は苦しかったはずだが、そんな祖母から見ても生活保護は「よっぽどのこと」だったのだ。


生活保護を受けるというのは、「ある階層」から、滑り落ちることを意味していた。これまでの付き合いをやめて、町で知り合いに顔を合わせても、こそこそ逃げるような境遇になることを意味していた。

万が一にもそんな境遇になることは考えられないが、そうなったとしたら必死に働いて、そこから一刻も早く抜け出そうとしたはずだ。それが普通の“市民感覚”だったように思う。


行政も、そういう市民感覚を共有していたから、そこから滑り落ちた少数の例外者“よっぽどの人たち”の面倒を見ていればよかった。彼らの何人かは、無為徒食にはまり込んでいたが、その数が増えることは考えなくてよかった。


一般市民にとって「生活保護」とは、考えたくもない事態だったのだ。最低でも自活するのが市民であり、そこから転落することは考えられない、それがその面に関する「市民感覚」だった。

 



今回の吉本の芸人たちの親族が生活保護を受けていた事件(違法性はないようだが)の報道を見て思ったのは、少し前まであった「市民感覚」が崩壊していることだ。


昔と違って芸人になる家が普通よりも貧しかったり、特殊だったりするケースはそれほどないはずだ。河本準一は母子家庭で育ったようだが、豊かではないにしても高校ではサッカーで岡山県選抜にまで選ばれている。食うや食わずではなかったはずだ。


しかし、スーパーで働いていた母親は、病気になると生活保護を受けた。そして十数年にわたって受給し続けた。河本が有名になって収入が安定しても、仕送りを送るようになっても、母親は生活保護を受け続けた。


感覚としては「もらえるものは、もらっておけ」ということだろう。違法でもないし、役所も何も言わない。息子がいくら仕送りしてきたからと言っても、金はいくらあっても邪魔にはならない。


ここには、一昔前までの「市民感覚」はない。「生活保護」を受けるのは、「よっぽどのこと」という認識はない。恐らく「破産」に対する認識も同様だろう。


生活にひっ迫すれば、躊躇なく生活保護を受ける。そしてもらえる間はもらい続ける。


いつの間にか「普通の市民」の下をくぐる形で、新たな階層が生まれているようだ。当然の権利として「生活保護」を受ける。働かなくても生きていけるのなら、その道を選択する。

行政もそういう人々に対して、ガードを厳しくし始めた。昔とは違うのだ。 
一方で、「働きたくても仕事がない」状況がどんどん進行しているから、その階層は、ますます分厚くなっている。働かない世代にも子供が出来る。そういう形で新たなモラル、価値観を持った人々が増えてきているように思う。

 

かくいう私だって、フリーの境遇である。仕事がなくなれば、足元にそういう階層が見えてくる。そこには、何の障壁もない。収入がなくなれば、明日にもそこに降りなければならない。「市民感覚」を維持できなくなるかもしれない。

「社会の底が抜けた」
涙目で会見する河本準一の顔を見ながら、そんな実感をもった。
 
 

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