四

 
 「いや、うちは学者ばかりの家だから、僕も最初は困惑したけど、今じゃ芸術家が一人くらいいてもいいと思えるようになったんだ。あの万住先生のお嬢さんはバイオリニストだし、息子さんは画家だしね。君のお師匠さんの栄生さんはこないだ芸術院会員になったし、私の先生の石路名誉教授は先ほど学士院会員に推挙された。芸術院と学士院、ようやく、親子揃って進む道がはっきりしたねえ」

〝どこまで親父は世間知らずや。考古学たら言うて、土ばっかり掘ってるからこうなるのや。死んでるもんばかり相手にしてるから、生きてるもんのことは分からへんのやな。まあ、おれが入門したときに、師匠が「噺家になる言うたら、○○組に入るのと同じことでっせ」言うたら「ほほお!落語家とゼネコンは同じシステムですか!」いうた親父やからなあ。師匠もあれには何も言えんかった。お袋と兄貴は、青い顔してたなあ〟
 

「じゃ、これからはママじゃなくて、パパからお小遣いをあげることにしよう。僕もこれで芸術家のパトロンだな。もっとも君のパパだから、パパトロンか」


〝面白いこというやん。芸術院会員言うたって、うちの師匠は八十過ぎて、しかも落語界で初めて選ばれたんや。おれが選ばれる可能性は限りなくゼロに近いけど、ま、ありがたく頂戴しとこか。わ、すごい額や〟


「あ、それからこの夏に、ベルリンで考古学の国際会議があってね、兄さんも発表するんだ。見聞を広めるために一緒に行かないか」


〝噺家がドイツ行って何すんねん。とは言うものの、時間はたっぷりあるんやし。誰か女の子用意して、行ってこましたろか〟

 



    五

 

 〝噺家は仲間うちが前から高座を見ることを嫌う。舞台袖から見るのが礼儀や。でも、喬志師匠は別や。おれには、前まわってきっちり見い、言うてくれる。師匠の落語会はホールが満席になるから、立たなあかん。それも嫌ややから、恭子にチケット買わしたった。久しぶりの京都会館、楽屋へ回って「前から勉強させてもらいます」いうたら、いがぐり頭が動いて「おう!」言いよった 〝

 
〝ホールの一番後ろの席で、恭子と座った。久しぶりやなあ、この女は。一流私立大学出て、商社で総合職してる。会うと黙ってても、必ずおごってくれる。今日は親父の小遣いが入ったから、懐は暖かいけど、これは他の女用にとっとこ。落語の「魚の狂句」で言うたら、恭子は「これはまた、なくてはならん鰹節」やな。京都でメシもホテルも、しっかりおごらしたろ 〝


 〝それにしても喬志師匠の「猫の忠信」すごい出来や。複雑な登場人物の関係をきっちり描き分けてるし、言葉に無駄がない。こんな高座、女の手握りながら聞いてんの知ったら、師匠、怒るやろな 〝

〝下げまで聞きたいとこやが、そこは噺家の仁義や。恭子に「ロビーで待ってて」言うて、下げの直前で楽屋口から舞台袖に回り込んで「お疲れ様ですー」珍しいで、師匠、汗びっしょり掻いて、顔色も悪いで〝


再びロビーへ回って
 

「お待たせ」

「悪いけど、今日はこれで帰るわ!」

「何で?」

「栄春君、いつも急に呼び出して付き合わされる。それはええねんけど、いつも同じパターンで進歩ないもん」

「・・・・・」

「別に結婚なんかしてほしいことないけど、何かお互いに得るものがないと。私は教養をつけるとか、キャリアアップの足しになるかと思ったけど。三年間、何にも進歩ないやん」

「いや、その間にバーテンダーの技習ったし、ちょっとはあっちの方も上達したかと」

「何言うてるの!私と会うのは、カキたいためだけでしょ!」

 
〝何ちゅうことをいうねん。女子が言う言葉と違うがな。びたーんとほっぺた張られたみたいや。それにしても「カく」なんて隠語、誰に教えてもらいよってん〝

 ロビーの隅にボーっと立ち尽くしていると、喬志師匠の弟子っこが走りよってきた。

 
「師匠がちょっと、言うたはります」

 

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